高校生 16

 

 嶋本は斉藤とともに現れた。あいさつだけすると、斉藤とともに体育館へ移動してしまった。
「斉藤とあんなに仲良かったのか」
 呟くと、有が「そりゃねぇ」と反応した。
「いくら嶋本でも、出来上がってるクラスに突然馴染めないでしょ」
「……」
 特進クラスはほとんどの生徒がそのまま持ち上がる。だから他のクラスに比べクラスメイトの仲が良い。しかし、だからと言って別のクラスの者と行動しなくてもいいのに。
 そんな思いを、有は見事に察知した。
「あ、さてはお前、嶋本の名前しか見てないな? 斉藤も8組。同じ、特クラの生徒。ちなみに、出席番号お前の前な」
「そうなのか」
 嶋本だけでなく、斉藤も特進クラスに来たのか。だけど、それならば余計、クラスになじめない理由がわからない。斉藤には嶋本がいる。嶋本には俺と有がいる。イガさんも大概一緒にいる。嶋本と斉藤はふたりぼっちではないのだ。
 しかし、事はそう単純ではなかった。2週間経っても、二人はクラスに馴染めずにいた。二人は休み時間の度に教室から出て行ってどこかへ消えていた。授業をさぼることはなかったが、まるで二人が存在していないかのようなクラスの雰囲気になっていた。
「嶋本、斉藤」
 昼休み、二人が姿を消す前に呼び止めた。
「昼飯、一緒に食わないか」
 二人は顔を見合わせて、先に口を開いたのは斉藤だった。
「俺いつもんとこがいいから遠慮しとくわ」
 そして嶋本に軽く手を振り教室から出て行った。
「そんな顔すんなよ」
 斉藤を見送る俺を見て嶋本が言った。
「自業自得だ。簡単に上手くいくはずなかったんだ」
「何の話だ」
「一緒に勉強して、一緒に飯食うつもりだったんだろ」
 以前俺が言った言葉だ。あの時の嶋本の返事は、嬉しそうなものに聞こえた。気のせいだったのだろうか。俺一人が浮かれていたのだろうか。
「OSTは大成功した。ただ、俺の考えが甘かった。悪いな、飯一緒に食えねぇわ」
 そして嶋本も出て行った。
 教室はいつの間にか静まり返っていて、何やら注目を浴びていたらしい。
「よっしゃ甚! 気分転換に今日は食堂でも行くか!!」
 有の声を合図に、教室はいつものざわめきを取り戻した。
 その後も嶋本と斉藤は、授業だけひっそりと受けて休み時間は姿を消す毎日だ。
 OSTは成功した。嶋本も斉藤も、クソセンに困っていた生徒は皆楽しく学校生活を送れるようになるものだと思っていた。問題は無くなったはずなのに、嶋本が羽を広げられない理由が全くわからない
 ある日の放課後、有とイガさんに生徒会室に連れてこられた。
「あまり良くない展開ね」
 イガさんが言った。
「馴染むのに多少時間かかるとは思ってたけど、ちょっと予想以上だね」
 有が同意した。
「そうなのか」
「そうよ。真田君もっと頑張るかと思ったわ」
 イガさんが呆れたような声を出す。「嶋本君と一緒にいたいんでしょう。何をしてるの」
「何って……」
「同じクラスになれただけで満足? 同じ空間にいるだけでいいの?」
「……どうしたらいいかわからないんだ。問題は無くなったはずなのに、なんで嶋本がクラスで楽しく過ごせないのか分からない」
「バカね。そんなこと考えなくていいのよ。考えるから動けないの」
「お前もともと深く考えずに嶋本に絡みに行ってたろうが」
 目から鱗が落ちた。確かに以前は、嶋本と友達になりたい一心で、避けられようが会いに行っていた。嶋本のためなんて考えていなかった。
 でも、そんなことでいいのだろうか。俺だけが良くていいのだろうか。それで嶋本が楽しく学校生活を送れるようになるなんて、到底考えられない。
 いや、嘘だ。
 最初は、嶋本が斉藤と行動をするのが面白くなかった。
 嶋本は斉藤といる方が楽しいのだと思った。
 そこへ話しかけたりしては、嫌われるんじゃないかと思った。
 友達と呼べる仲でさえないのに。今より関係が悪化するなんて、考えられなかった。
 それを、嶋本のためになんて、誤魔化して。
「嶋本君だって本当は真田君といたいのよ」
 イガさんが信じられないことを言った。
「まさか、」
「じゃなきゃ、飯一緒に食わねぇこと謝ったりしねぇよ」
『悪いな、飯一緒に食えねぇわ』
「そうね。あれは、楽しみにしていたから出た言葉だわ」
 まさか、そんな。信じられない。だって、「だとしたら、余計わけがわからない」
「だーかーら! 考えんなって!!」
「どうしてもわからなくて、どうしても気になるなら、本人に聞きなさい」
『自業自得だ。簡単に上手くいくはずなかったんだ』
 嶋本は以前こうも言っている。上手くいかない理由に気付いている言い方だ。
「イガさんは、わかるのか。なんで嶋本がクラスに馴染むことを諦めているかを」
「もちろんよ。その上で真田君には、何も考えずにやりたいようにやれと言っているの」
「わかった……。捜してみる」
 言って生徒会室を後にした。
 教室に鞄を取りに戻って、ひとまず図書館に行ったが、いつものソファーに嶋本はいなかった。
 残る心当たりは喫茶店だけだ。
 久々に歩く商店街は、依然と変わりなく賑やかだ。懐かしいと思って、それだけ嶋本を追いかけていなかったのかと、改めて気づかされた。
 嶋本はいるだろうか。いなくても明日また来よう。でも、今後ずっと嶋本が捕まらなかったらどうしよう。嶋本は、逃げ足は速いし姿をくらますのはうまいのだ。
 臆病な自分をなんとか奥に追いやって、喫茶店のドアを開ける。
 カランカランの音を合図に、マスターがこちらを見た。
 マスターは変わらぬ笑顔で迎えてくれた。
「久しぶり。同じクラスになったってのになかなか来なかったねぇ」
「あの、」
「ああ、いるいる。いつもの個室」
「ありがとうございます」
「ああ、待って待って、お茶菓子持ってって」
 ジュースとお菓子を持たされて両手が塞がったので、零さないよう慎重にドアを開ける。
 久々の空間は以前と変わりがなく、嶋本は相変わらずソファーに横になって本を読んでいた。

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