高校生 4

 

 夏休み前3日間は、普段は2冊までしか借りられない本を、登校日を期日に5冊まで借りられる。終業式もホームルームも終え図書館に行くと嶋本がいた。ソファーで寝ているのではなく、カウンターで手続きをしている。
「本読むんだな」
 声をかけると、一睨みされた。嶋本は司書先生に「あざす」と言うと、本を鷲掴みして図書館から出ていった。 嶋本を見届けると 「読むよ」 と司書先生が言った。
「何を読んでるんですか」
「そこまではね。個人情報だから」
 司書先生はそれきり口を閉ざした。
 そうか。嶋本は寝に来ていたのではないのか。いつも腹に乗っていた本は、あのソファーを使うための口実にしているのかと思っていた。
 なるほど、考えてみればいつも腹に乗っている本は文庫サイズ、つまり小説に違いない。小説の本棚はソファーから離れている。寝る口実にするために本を必用とするのなら、ソファー、もしくは入口から一番近い本棚のものを持ってくれば良い。それに、嶋本は本を床に落とした時、何のためらいもなく、制服で本をはたいた。おそらく、普段本を読まない者にあの動作は自然には行えない。しかも、落とした次からは、落としてしまう前にテーブルによけるようになった。嶋本は、本を大事に扱う者だ。
 俄然興味が湧いた。いや、嶋本に興味がある、その確信をした。
 校内一の不良は読書家で、正義心に溢れている。授業をサボり汚い口をきくが、勉強ができる。
 急がないと。今日は一学期終業式。しかも既に放課後だ。すぐに捕まえなければ、次に会えるのは早くても2週間後の登校日だ。
 気付けば俺は駆け出していた。担任が物理のあの先生ということは、嶋本は6組だ。6組を覗く。既にまばらにしか生徒はおらず、その中に嶋本の姿はなかった。しかし見覚えのあるのがいた。
「斉藤、河野!」
 呼ぶと、二人ともこちらを向き、河野は眉根を寄せて返事をした。
「真田ー、俺カワノじゃねえよ。コウノ!」
「すまん」
 謝ると二人ともようやく重い腰を上げて廊下まで出てきた。
「嶋本を知らないか?」
「さあ? 帰ったんじゃね?」
「さっき見たとき鞄を持っていなかったから、教室に戻ったかと思ったんだが」
 言うと、二人とも鼻で笑った。
「鞄は滅多に持ってこねえよ」
「今日持って来てたっけ?」
「つか今日何か持ってくる物あった?」
 そして二人はあひゃひゃと笑った。
「では、行きそうな場所を知らないか?」
「さあ? あいつ連まねぇから」
「そうなのか?」
「一人でふらっとどっか行くよ」
「そうか。ありがとう」
 その場を去る。元気な声で「どういたしまして〜」とご丁寧に返ってきた。
 その後職員室に行ってみて、もう一度図書館に行ってみたが、結局嶋本を見付けることは出来なかった。
 しかし、嶋本を見付けたところで何を話せば良いのだろう。その前に、どうすれば話を聞いてくれるだろう。どうすればこちらの質問に答えてくれるだろう。
 俺は嶋本に興味があるが、嶋本は俺に興味がなさそうだ。考えながら歩いていたら、寄るつもりだった本屋を素通りして、家に着いていた。
 夏休みは毎日、塾に通う。授業の無い日でも空き教室を使わせてくれて、空いてる先生は質問すれば答えてくれる。中学生の頃から夏休みはそうして過ごしてきた。それで特に不満はなかった。だけど今年は、酷くつまらない。つまらない、なんて感情が自分にもあったのかと驚いた。
 つまらないのは嶋本に会えないからだ。1学期は、図書室に行く度に陽の当たるソファーを確認したし、職員室に行く度に嶋本の気配を探した。
 だけど、塾には嶋本はいない。探すまでもなく、いないのだ。
 1学期は、嶋本に会えるかもしれない、それだけで毎日うきうきしていた。



 長い2週間が終わり、ようやく登校日がやってきた。嶋本は今日必ず図書館に来る。今日期限の本を5冊返さなければならないから。
 だけど、ホームルームを終えてすぐに図書館に来たというのに、嶋本は一向に現れない。2杯目のコーヒーも冷めてしまった。まさかとは思うが、既に返却を終えて帰ってしまっているのだろうか。また「個人情報だから」と断られるかもしれないが、司書先生に聞いてみる。
「とっくに帰ったよ」
「いつですか」
「ホームルーム中」
「……そうですか、」
 それは待てども来ないはずだ。俺はコーヒーカップをカウンターに返して図書館を後にした。
 次の登校日は10日後だ。さらに10日間会えない。いや、またホームルームをさぼられてしまったら、10日以上会えない。
 あと何日つまらない夏休みを過ごさなければならないのだろう。
 今年の夏休みは、つまらないものになってしまうのだろうか。いや、この分だと、つまらないものになってしまいそうだ。
 俺は、大きく一つ息をついて、脳内から嶋本を追い出した。
 前回は忘れてしまったから、今日こそは本屋に寄って帰ろう。
 俺は商店街へ足を向けた。

 

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