高校生 8
9月1日、2学期始業式。嶋本は当然今日も始業式をさぼって図書館に行って本を返したらさっさと帰るのだと思っていた。まさか、全校生徒の前で壇上に上がり、感謝状を受け取るなんて、誰が想像しただろうか。
嶋本・斉藤・河野、校内で有名な不良三人が消防から感謝状をもらうといった事態に、体育館はざわめいた。河野に至っては、感謝状を掲げて見せ得意げだ。嶋本はそそくさと壇上から降りると、どさくさに紛れて体育館から出ていこうとしたが、黒岩先生に首根っこを掴まれ阻止されていた。これでは嶋本も、最後まで始業式にいなければならない。
それはつまり。始業式終了後、ホームルームまでの時間で嶋本を捕まえられるということ。
校長の話はもちろん、部活動の表彰は先に終わっている。残すは生徒指導の先生からの連絡事項だけだ。
普段は特に何も思わずに聞いていられる先生の言葉が、非常に煩わしく感じられる。わかりきったことばかり並べたてられて、意味がないとさえ思ってしまう。
早く終われ。早く終われ。
先生の話が終わったのは、10分もしてからだった。
閉式の言葉が述べられるなり、俺は6組の列へ急ぐ。しかし
「甚、そんなに急いでどうした」
と、有が声をかけてきた。急いでいることが判断できたなら、放っておいてほしい。しかし無視するわけにもいかない。
「用事がある」
答えつつ、集団の中から嶋本を見つける。見失わないようにしなければ。
「図書館?」
「そうだ」
きっと嶋本はこのまままっすぐ図書館に行くに違いない。
「最近すぐ図書館行くな。でも、慌てなくても図書館は逃げないよ?」
「逃げるんだ」
嶋本は、すぐに逃げる。
「はあ?」
「悪い、急ぐから」
言って、急いで体育館を後にする。嶋本は人ゴミの合間をするすると縫って、とっくに体育館から姿を消していた。しかし、体育館を出ても嶋本の姿は見えない。走って図書館へ向かう。
しかし、嶋本は図書館にはいなかった。
6組へ向かう。6組を覗くと、河野がまた感謝状を掲げて鼻を高くしている。こちらに気付いた斉藤がやってくる。
「嶋本消えたよ」
「消えた? 帰ったのか?」
「さあ? 知らね。でもまあ、ホームルームには100パー顔出さねぇと思うから、帰ったんじゃね?」
「そうか。ありがとう」
有に捕まったあのわずかの時間で見失うなんて。
結局、この日は嶋本に会うことは出来なかった。
翌日の昼休み。図書館に行こうと席を立つと、イガさんに話しかけられた。
「真田君、図書館に行くの?」
「そうだ」
「そう。じゃあ、なんだか勘違いしているようだから教えてあげる。図書館はね、逃げないのよ」
「そうだぞー、逃げないんだぞー」
有が話に入ってきた。
「なんだよお前、2年になってから図書館図書館でちっとも遊んでくれやしない!」
ぶう、と頬を含ませる。
「……すまん」
謝って、人差し指で頬の膨らみを押し潰す。ぶぶっと空気が漏れて、有はいつもの顔に戻った。
「別に俺らが図書館行ってもいいけどさー。図書館だろ? 俺が静かにできると思う?」
「そういうこと」
イガさんが頷いた。
どういうことだ。
「三人より二人が良いんじゃないのか?」
二人の邪魔をするつもりは毛頭ない。
「もおー! わかれよ! 三人が良いから言ってんの!!」
有が嘆いた。
そうだったのか。
「でも、図書館に行くようになってからなんだか楽しそうだから、無理強いはしない」
イガさんが言った。
「お前そんなに本好きなら言っとけよなー!」
有が再び頬を膨らませた。
「本が好きと言うよりは、図書館が好きなんだ」
今は前よりもずっと好きだ。嶋本に会えるから。図書館は、二人きりにする口実ではなくて、嶋本に会う目的で通う場所になっていた。
「そうね、確かにあそこは悪くないわ」
次はイガさんが有の膨らんだ頬を押し潰した。
「おすすめの本があったら教えて。呼び止めてごめんなさいね。いってらっしゃい」
「いや。じゃあ、行ってくる」
「俺にも! 俺にもおすすめ教えろよ! エロいの!」
叫んだ有の頭を、イガさんがバシンとはたいた。
この日図書館に嶋本はいなかった。だけどそれも悪いことではない。嶋本がいないということは、陽の当たるソファーを使えるということ。いつも嶋本が横になっているそのソファーで本を読めるということ。
嶋本と同じ気持ちになれる気がして、なんだか心がむず痒くなるのが気持ちよかった。
2学期は、体育祭まで変則授業が組まれる。最近図書館で嶋本に会えないのはそのためだと予想していた。しかし、逆に考えれば別のタイミングで出くわす可能性があるということを、まったく考えていなかった。
だから、教室移動で、すっかり見慣れたふわふわの髪の毛が視界に入っただけで、嬉しくて。
「嶋本!」
思わず呼んでしまった。前を歩く嶋本が歩みを止め振り向いた。何人かの関係ない生徒まで振り向いた。声が大きかったようだ。
嶋本は俺に気付くと、絵にかいたようにげんなりして、何も聞こえなかったかのように前を向いて歩き出した。返事や待機はもとより期待していない。駆け付けて横に並ぶ。
「嶋本! 始業式、見たぞ」
「……」
無視をされた。
「全校集会は全部さぼるのかと思っていた」
「……」
睨まれた。
「嶋本、」
「っぜーんだよ!」
怒鳴られた。
その声が、これまでのどの拒絶の言葉より、冷たく、鋭くて。動揺して立ち止まってしまった。
「二度と話しかけんな!!」
吐き捨てて、嶋本は行ってしまった。
静まり返っていた廊下にざわめきが戻る。しかし俺は立ち尽くしたまま動けずにいた。
「なになに、なにごとー?」
有が後ろから乗っかってきた。「重い」と言うと大人しくはがれてくれた。
「で、何?」
「いや、嶋本に、話しかけるなと怒鳴られただけだ」
「は? 何お前、嶋本に話しかけたの? なんで?」
「理由は……ない」
気付いたら呼んでいた。強いて理由を述べるなら、嬉しかったから、だろうか。
「ふうん……。とりあえず、一つ教えておこうね。嶋本はね、校内一の不良だよ?」
「知ってる」
それでも、夏休みの嶋本は、本を読んでいた嶋本は、とても不良だなんて思えない。俺には嶋本は、不機嫌そうな顔で、きつい物言いで、授業をさぼって、上履きのかかとを踏んでいるだけで、他の生徒と大差ない。嶋本が不良だなんて忠告、どう生かせばいいのかわからない。
「嶋本はね、誰ともつるまないみたいだよ?」
「……知ってる」
斉藤と河野も、時々嶋本と同じ場所でサボることがあるだけで、仲がいいとまではいかないようだ。
「なら良いや。さっさと行くぞ。宿題写す時間無くなる」
「見せないぞ」
嶋本が不良? 誰ともつるまない? だからどうした。
それでも俺は、嶋本と友達になりたい。
