ロボと心と愛のカタチ 特救編後編 12
「隊長、この後空いてるでしょ?」
飲みにでも行きません?
まるでそう続きそうな機嫌の良い嶋本の声に、真田だけでなく他の隊員までもが嶋本を見た。訓練の一日が終わり、さあ帰ろうという時だったから、なおさらだ。嶋本は驚きと興味の目で見てくる隊員達に気付かないはずがなく、ニッコリと楽しそうに言い放った。
「お前らも参加するか? 勉強会。過去の海難浚ってくけど」
すると皆一気に白け、高嶺の「遠慮しておきます」の言葉に乗っかった。
「やんなー。ま、飛び入り大歓迎やから。気が向いたら資料室な。お疲れー」
言って嶋本は一足先にその場を後にした。直後に真田の返事を聞いてないことに気付いたが、真田は当然のように嶋本に着いてきていたので構わない事にした。それに、真田が断る事がない事を、嶋本は知っていた。
資料室に着くまでに、嶋本は勉強会の目的を話すことにした。おそらく、目的さえ分かっていれば、ある程度は新たな命令が生成されるはずなのだ。嶋本は、以降、今回のように自分が誘ったり命令したりしなくても、真田が一人で勉強してくれることを狙った。
「隊長には、せっかく素晴らしい記憶装置と演算装置があるんですから、今のままでは勿体無いです。過去の海難を勉強する事は、大きな進歩になりますよ。隊長にとっても、特救隊にとっても。それに、進歩すること――果ては進化すること。これは、特救隊の義務やと、俺は思てます」
「そうか」
「ええ」
そして、資料室に着くなり、嶋本は一番最近の海難の報告書を机に広げた。
真田ならどう救助するか。救助に成功したものは、もっと良い方法がなかったか。救助できなかったものは、何か良い方法はなかったか。話をする。少しずつ過去へとさかのぼって行って、当時は出来なくても今ならこう出来る、当時できていたものも、今ならこうする。そんな話へと移していこうと嶋本は考えていた。 そして、いくつかの海難を浚ってたどり着いたのは、真田が佐々木と嶋本のデータを消去する前に三隊が対応した海難だった。
「この海難、覚えていないな」
真田がポツリとつぶやいた。
「この海難の少し後、隊長の中の一部のデータが消去されてしまったんです。だから、これからしばらくは出動したのに知らない海難が続きますよ」
「そうか」
真田は返事をして、再び報告書に視線を落とした。そして、ある一文を指差した。
「この指示は、俺が出したのか?」
「ええ、そうですよ」
「……今の俺には、この指示はできない」
嶋本はその言葉に嫌な予感がした。
『今の俺』に『この指示』ができないのは、もっと良い方法があるからではないのだろう。『今の俺』には、『この指示』程良い指示が出せないと、言いたいに違いない。
嶋本は、真田の表情が僅かに陰ったことに気が付いてしまった。
「ちょお、隊長。失礼しますよ」
嶋本は慌てて立ち上がり、真田の背後に回った。真田の後頭部の髪をかき分け、出てきた小さな操作盤を操作した。これまでのことを保存した。つまり、ログを取ったのだ。
真田は今にもデータを初期化してしまいそうな気がした。
今、データが初期化されたところで、誰かが忘れられる事はない。しかし、もしデータが初期化されたとき、その事実を誰にも知られたくないと嶋本は思った。
初期化が頻繁に起こること、それは、このロボットの破棄が近づくこと。嶋本からその考えは拭い去れない。
「なぜ、この指示を出せないんですか」
嶋本はもとの位置に戻ると、平生を装って聞いた。
「今の俺に出せる指示は、もっと要領の悪いものだ。俺は、この方法は思いつかなかった」
真田は、酷く悔しそうに答えた。そして、紙面の一点を見つめ、動かなくなった。しかし、何か処理をしている様子はなかった。
「……悔しそうですね」
聞けば、真田は「ああ、悔しい」と即答した。答えてからも、データを初期化する様子はなかった。
「一年三ヶ月です」
嶋本は言った。
「隊長の中からすっぽり抜け落ちたデータ、一年三ヶ月分です。その一年三ヶ月、俺はずっと隊長の傍におったんです。それなのに隊長、俺んことまで忘れた。俺も悔しい」
「……すまない」
「いいえ。ずっと傍におったんやかたら、俺には忘れさせへんことが出来たはずなんです」
だから悔しい。嶋本はそう、真正面から言った。
「隊長。これからは、俺が絶対忘れさせへんから。こんな悔しい思い、二度とさせへんから」
その言葉に、真田は笑顔になった。
「ありがとう」
つられて嶋本も笑顔になる。しかしすぐに引き締めた。
「でも、これだけは自分で覚えとってください」
今の悔しさ。
今の思い。
