ロボと心と愛のカタチ 特救編後編 22

 

 嶋本から、穏やかな眠りがなくなった。
 毎日のように金縛りに遭って、なんとか起きた時には、汗をかき息を切らしている。当直の時は毎度真田に起こされ、皆から心配されるようになった。
 業務に支障を来たす程ではないが、嶋本は見るからに、体力を消耗していっていた。
 やつれていっていた。
 そんなある日。嶋本は訓練終了後、黒岩に捕まった。
「一緒に飯でも食うか!」
 そして連れて行かれた先は、黒岩の自宅だった。
 食卓に、たくさんの料理が並んでいる。
「たくさん食べてくださいね」
 黒岩の奥さんが、優しい笑みを浮かべて言った。
 こんなにも心配をかけていたのかと、嶋本は驚いた。嶋本は遠慮なく料理にがっついた。それが、嶋本が唯一できる、安心させる方法だった。
 それから毎日のように、嶋本は黒岩宅に呼ばれた。黒岩が当直の日は、基地長宅に呼ばれた。
 まだ赤ん坊の魁一もすっかり嶋本に懐き、食後黒岩宅を後にするまで、魁一は嶋本にべったりくっついて離れなくなった。
「お前をゆっくりさせる為に来させてるのに、魁一の相手させてしまってるんじゃ、意味ないな」
 黒岩は、魁一を抱いた嶋本に言った。
「ええですよー。毎日毎日ご飯ご馳走になってるのに、何もせんかったらかえってストレスたまりますわ」
 嶋本は勤めて明るく言った。しかし黒岩の神妙な顔付きは変わらなかった。
「まだ、うなされてるだろう?」
「……はい」
「悪化はしてないようだが、回復もしてないようだからな。原因はわからないのか?」
「……」
 嶋本は返事をせず、ただ腕の中の魁一の背中をポンポンと叩いた。魁一は安心しきっているのだろう。嶋本の腕の中でうとうとしている。
「ずっと考えてたんだが……」
 黒岩は言った。
「うなされるようになったの、基地長にロボットの破棄を提案してからじゃないのか?」
 その言葉に、嶋本の魁一の背中を叩くリズムが僅かに狂った。
「……やっぱり、知ってたんですね。その話」
「各隊長に伝わってる」
「……」
「嶋本、どうなんだ」
 嶋本は、魁一をぎゅっと抱きしめた。
「うなされるようになったんは、国緊隊派遣後です」
「じゃあ、余震に巻き込まれたことが?」
「いいえ……。あれは確かに、ちょお、怖かったですけど。レスキューのプロ中のプロがすぐ助けてくれることがわかっとったんです。全然、トラウマになるようなことやない……」
「じゃあ、何が……」
「隊長の……。各方面からの真田さんの評判が、めっちゃええから……」
 嶋本は、魁一の頭に顔を埋めた。
「うなされるようになったんは、国緊隊派遣後やけど。……疲れが取れへんくなったんは、基地長に真田さんの破棄を申し出てからです……」
 すると、魁一がまるで嶋本の気持ちを汲み取ったかのようにぐずりだした。嶋本は慌てて抱えなおし、あやす。
「大丈夫。大丈夫やで……」
 頭をなでながらそう言って、嶋本は沈んでいた気持ちが少し穏やかになるのを自覚できた。
「おんなじや……」
 嶋本は呟いた。黒岩はわけがわからないようで、ん? とだけ聞いた。
「当直の日、俺はこうやって、真田さんに起こされてるわけです」
「……」
「お察しの通り、真田さんの破棄を提案したことに迷いがあります。それが気になって、毎晩なかなか寝付かれへんし、やっと寝れたと思ったら、うなされる」
「……」
「毎日毎日、真田さんのこと考えるけど、毎日毎日、破棄で正しいと思います。真田さんの評価や働きを見るたびに、破棄することないんちゃうか思うけど、やっぱり、破棄すべきやと思う……」
「何度考え直しても破棄で正しいと思うのなら、破棄で正しいんだろう。……破棄の提案とは別の所に、迷いがあるんじゃないのか?」
「別の所……?」
「そうだ」
「……。言われへん」
 嶋本はふいに目を逸らした。
「言われへん……!」
「嶋本、何のことだ? ……嶋本!」
 二人の声に、魁一がついに泣き出してしまった。黒岩は奥さんを呼び、魁一を任せた。
 手持ち無沙汰になった嶋本は、自らの腕を抱え込んだ。
「嶋本」
 黒岩は極力穏やかに続きを促した。
「俺、真田隊副隊長やから……」
 やっと聞けた嶋本の言葉は、そんなものだった。
「じゃあ、こうしよう、嶋本。一個人として話してくれ。お前がきっちり分別を付けてるのはわかったから、嶋本進次一個人として」
「でも……」
「俺も、一個人として聞くから」
 嶋本も頑固だが、黒岩も相当頑固だ。嶋本は黒岩が引くことはないだろうと思い至って、ぽつぽつと話し始めた。
「ほんまは、破棄になんかしたくないんです。破棄にだけはせぇへんって、それだけは信じて欲しいって、ずっと思い続けて、やってきとったんです。だから、破棄にせぇへんために、いろいろやってきた。……でも、真田さん、どんどん成長していく……」
 そこで嶋本は言葉を止めた。黒岩はせかさなかった。
「真田さん、何度データを初期化しても、自我を持つんです。何度データを初期化しても、俺を慕ってくれるんです。……なんで、真田さん、人間ちゃうんやろ」
 嶋本の頬を、一滴、涙が伝った。
「なんで、俺、こんなに。……真田さんに、惹かれるんやろ……っ」
「嶋本……」
「最初は、ロボやからって、周りから浮いてる真田さんを、可哀相やと思ったんです。やから、周りになじめるように、周りがなじめるように、動いた。ロボットが自我を持つ事の危険性はわかっとったから、そんなことせんかったら良かったのにっ……」
「……」
「でも、真田さんが人間らしくなるたびに、嬉しかったんです。一つ感情を覚える毎に、真田さんも嬉しそうにしとって、それがまた、嬉しかったんです。真田さんと一緒におるのが楽しくなって、……めっちゃ、好きになっとった……」
「真田も、お前を慕っていたな」
 その言葉に、嶋本は素直にうなずいた。秘密のデータを知られていたので、そこは隠すつもりはなかった。
 黒岩は続けた。
「今も、真田はお前を慕っている」
 その言葉に、嶋本は驚いて顔を上げた。真田は、一度データを初期化してから、傍目にわかるような成長をしていないからだ。少なくとも、自我の点では。
「でもっ、真田さんは今、感情を覚えられへん……!!」
「わかってる」
「ほんなら、なんで……」
「あのデータの存在を、知ってるからかもな」
 その言葉に、嶋本の決心はゆるぎないものになった。
「……やっぱり、破棄せなあかん」
 秘密のデータを筆頭に、嶋本は真田が破棄にならないよう様々な対策を打ってきた。でも、だからこそ重大な問題が発生して、手が出せなくなっているのだ。
「嶋本、今はその話じゃないだろう!」
「ちゃうんです! ……真田さんが破棄されることは、物理的に直されへん故障にでもならん限り、あり得ないんです!」
「……どういうことだ」
「だって、破棄にせぇへんために、今までずっとそういう対策して来とったから……」
「ちょっと待て、結局嶋本は、何を迷っているんだ」
 嶋本は力なく頭を横に振った。
「今、それさえも、よう、わからへんのです。……真田さんを、破棄にはさせたくない。でも、人間の脅威になる可能性が百パーセントないとは言い切られへん。やから、破棄すべきやと思う。けど、多方面からあんだけ評価されてる真田さんを破棄にするのはもったいない。でも、今のままやったら、破棄にはならへんこともわかってる。かと言って、破棄にさせへんよう打ってきた対策を解除した場合、人間の脅威になる可能性は、ぐんと高くなる。そんなことはできひんし、人間の脅威になる可能性が高ならんとしても、わざわざ破棄にしむけるなんて、俺にはできひん。何より……。やっぱり俺は、真田さんを破棄になんて、したくない……!! 何をどうしたらええんか、さっぱりわからへん……」
 ぐるぐるぐるぐる。
 無限ループに一人迷い込んでしまったかのような嶋本に、黒岩は無性に腹が立った。
「なんでそれを今まで話さなかった!」
「だって、話したところで、黒岩さんどうしようもないでしょう!?」
「お前が一人で抱え込むことじゃないと言ってるんだ!!」
 聞くまでもなく、話して欲しかった。
 なんてことだ。
 黒岩は内心頭を抱え込んだ。まさか、こんなにも一人で抱え込ませていたとは思いもしなかった。

 次の当直の日、嶋本は基地長室に呼び出された。
 嶋本は、ロボットにすっかり情が移ってしまっている事を話してしまったから、じきにに真田隊副隊長を下ろされると考えていた。
 だから嶋本は、そのつもりで基地長室へと足を運んだ。
 ところが、話はそのことには一切触れず、全く別の話だった。

 

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