ロボと心と愛のカタチ 特救編後編 23

 

「軍曹〜!」
 黒岩に呼ばれて、嶋本は遅れて登場した。
「三隊副隊長の嶋本進次です。このたび、お前らの教育係を任される事になった。今、エ? って顔したやつ。全員覚えとくからな」
 ニッコリ笑って、何度堪えてきたかわからない怒りを隠す。
 嶋本は、新人教育係を言い渡された。
 参ってしまっている嶋本を目の当たりにした、黒岩が出した苦肉の策だった。
 真面目で面倒見の良い嶋本のことだから、きっと新人五人を親身になって育てる。
 嶋本の意識を、ロボットから大幅に逸らすことができる。
 黒岩は、嶋本を一度ロボットから離すことを提案した。基地長はそれを受け入れた。
 新人教育係を言い渡されて、嶋本はやはり、真っ先にロボットのことを口にした。
 自分が近くにいない状況が続くのは構わないのか。何かあったとき、問題は起こらないのか。なにより、ロボットのそばに副隊長がいないことが続くのは初めてのことだから、何が起こるかわからないこと。
 しかし基地長が、「私がいるから大丈夫」といつもの笑顔で言うので、嶋本には教育係を引き受けることしかできなかった。
 ただ、ひとつだけ譲れないことがあった。
「真田さんの事は、私が一番良くわかってる。そう自負してます。だから、真田さんに何かあったときは必ず、私に連絡してください」
 嶋本のその言葉に、基地長はやはり、笑顔で「そうしよう」と答えた。

 いざ新人教育が始まってみると、思っていた以上に新人達が成長してくれなくて、嶋本はロボットのことを考える暇がほとんどなくなっていた。まさかそれを見越して黒岩が計画を立てているとも知らず、嶋本はどんどん新人達のことで手一杯になっていった。
 しかし同時に、嶋本が体力を回復していっていることも事実だった。夜中にうなされることも徐々に減っていった。
 訓練が進んでいくにつれ実動隊との合同訓練が増え、三隊との合同訓練もあったが、それだけでまたうなされるようなことにはならなかった。
「いきいきしてるな」
 黒岩がつぶやいた。視線の先では嶋本と真田が模範演技をしている。
「ええ、本当に」
 黒岩のつぶやきに、高嶺が答えた。
「あんな隊長、久々に見ました」
 その言葉に黒岩は驚いた。
「俺は嶋本のことを言ったんだが」
 二人は顔を見合わせた。
「俺には、真田はいつもと変わらないように見える」
「私も。シマはこれまでと変わらないように見えます」
「……」
 少しの沈黙の後、高嶺が口を開いた。
「黒岩さんは、隊長と離れてからのシマを知ってますけど、私は知らない」
「……お前は嶋本と離れてからの真田を知ってる、か」
 この事実が何を意味するか。高嶺は漠然としかわからなかったが、黒岩には正しく理解できた。そして、一人であんなにも悩んでいた嶋本を理解できた。
 では、これからどうすべきか。
 考えようとしたところで、視線の先の嶋本に異変があった。
 いや、異変があったのは、ロボットの方らしい。
 初めてのことにざわつく新人を高嶺に任せて、黒岩は嶋本のもとへ駆けつけた。
「何があった?」
「わかりません。突然フリーズしました」
「わからない? フリーズなら、また何か感情でも学んだんじゃないのか?」
「何か感情を学んだとして、その見当が全く付かないんです。だから、動き出すのを待たんと、何とも言えません」
 嶋本が、ロボットの事でわからないと言ったのは初めてのことだった。だから黒岩は不安になった。
 嶋本にわからないなら、どうしようもないじゃないか――
 そして、気付く。ロボットの事を嶋本一人に任せっきりになっていた事に。
 それなのに、嶋本のためとはいえ、ロボットから嶋本を離したりして。これはもしかしたら、考えていた以上に安全ではない方法なのかもしれない。
 しかし嶋本は、のん気だった。
「それにしても。久々ですね、フリーズ」
「ああ……。言われてみればそうだな」
「新人教育任されて、近くにおられへんから色々気になっとったんですけど、いざ離れてみたら、何ともないやないですか。やから安心しとったんですけどね〜」
 言いながら嶋本は、真田を背負った。
「邪魔んならんとこ運びます。訓練お願いします」
 嶋本の後姿を少しだけ見送って、黒岩は訓練を再開した。黒岩は話をしつつ、目の端で常に嶋本を捕らえていた。嶋本は、壁に真田をもたれさせると、高嶺のもとへ行き、少し話をした後、何事も無かったかのように訓練に参加した。
 そして程なくして、ロボットは動きだした。状況を把握したのか、ロボットは大人しく訓練に加わった。

 昼休憩に入ると、嶋本は黒岩、高嶺を呼んだ。真田のフリーズの原因を究明するためだ。しかしそこへ真田が話しかけてきたので、嶋本には原因が一発でわかった。
「久しぶりだな、嶋本」
 朝も言われた言葉だった。
「お久しぶりです。隊長、俺と模範演技したの覚えとらんでしょう?」
「模範演技? したのか?」
「したんですよ! もお〜」
「あはは、すまない。覚えてない」
 楽しそうな二人に、黒岩は苛立ちを覚えた。
 悪びれもせずに笑う真田は、やはりロボットなのだと思い知らされた。
 そして、なぜニンゲンじゃないのかと思った。
 なぜ嶋本はそんな風に笑えるのだろう、と思った。
「真田。すまないが三人で話をしたいんだ」
 黒岩は唐突に割り込んだ。真田がその場から離れるのを見送ると、嶋本に聞いた。
「それで、原因は何だ」
 苛立ちを含んだ黒岩の声に、嶋本は驚いた。
「何か新たな感情が生じたんやとは思いますけど……」
「その新たな感情とは何だ」
「……わかりません」
「なぜ? これまではわかってたんじゃないのか?」
「わかってないですよ。何か特別な状況でフリーズしたなら、推測することはできますけど。……真田さんがフリーズして、動き出したときに重要な事は、フリーズの原因が新たなバグかどうかを知ることです。何か感情を学んでいたとしても、それはどうでも良いことです。……黒岩さん、急に何を苛ついてるんですか?」
 嶋本の問いかけに、黒岩は舌打ちをして目をそらした。そこへ、フォローするように、高嶺が口を開いた。
「模範演技の時の隊長は、とてもいきいきして見えました。あんな隊長を見たのは、シマが新人教育に借り出されて以来かも」
 しかしフォローにはならなかった。嶋本は、ふぅん……と漏らしただけで、場は和まなかった。
 嶋本は、真田がいきいきして見えたと言う、その意味を考えた。一つ、心あたりがあった。しかし、それを認めたくはなかった。だから、他の意味を考えていた。
「あの……」
 そこへ遠慮がちに入ってきたのは佐々木だった。
「隊長のことで、一つ気付いたことあるんすけど。……今、隊長のこと話してたんすよね?」
 その言葉に、黒岩も高嶺も嶋本の様子を覗った。嶋本さえ良ければ聞く。そういうことなのだろう。
「なんや?」
 嶋本がそう言うと、二人とも佐々木に目をやった。
「隊長がフリーズするのって、嶋本さんが側にいるときじゃないっすか?」
「何?」
 目くじらを立てたのは黒岩だった。嶋本はむしろ冷静で、そんな黒岩を押しとどめた。
「つまりどういうことや?」
 問う嶋本の声は、静かなものだ。
「嶋本さんがいなければ、真田さんはフリーズしません」
「……てことは、俺が新人の訓練に行っとる間、フリーズしたことなかったんか」
「ありません」
「そうか……。他には無いか? 気づいた事」
「……ありません」
「わかった。おおきにな。もう行ってええで」
 その言葉に佐々木が一礼して踵を返すと、黒岩は待っていたかのように口を開いた。
「馬鹿な事考えてないだろうな?」
 嶋本は真正面から答えた。
「俺はいつだって大真面目ですよ」

 

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