ロボと心と愛のカタチ 特救編後編 25

 

「おはようございます!」
 新隊になって一ヶ月。嶋本はいつものように出勤して、いつものように二階の更衣室へ上がろうと歩を進めた。だけど、一つ、いつも通りではないものがあって、歩みが止まった。
「おはようございます」
 いつものように誰よりも早く出勤していた真田の、その声。しゃがれて、まるで喉を痛めているような声だ。しかし本人は気にしていないようで、ただ、周囲の者が嶋本に不安そうな視線を寄せた。嶋本はその視線に適当に頷いて見せて、更衣室へ向かった。
 初めてのことで、嶋本は正直驚いていた。
 これまで整然としていた声が、急にこんなことになってしまうなんて。昨日、訓練を終了して帰路に着くまで、何の問題も無かったはずだ。
 嶋本は着替えを済ませると、真っ先に真田のもとへ向かった。
「おはようございます」
「おはようございます」
「隊長、自分の声がおかしいのんは、わかりますね?」
「ああ」
「原因に心当たりはありますか?」
「ない」
「ほな、いつからおかしいんですか?」
「出勤した時」
「出勤した時??」
「ああ」
 出勤した時に何か変わった事はありませんでしたか? なんて、聞かない。
 ロボットは独り言なんてしない。テレビ相手に突っ込みを入れたりしない。昨日家に帰ってから、出勤するまでの間で何かが起きたのだろう。
 いや、一つだけ、可能性はある。
「猫、昨日来ました?」
「来てない」
 それならばやはり、真田は昨日家に帰ってから出勤するまで一言も発していないはずだ。
 と、すれば。
 嶋本にわかるのはそこまで。
 マニュアルに声のエラーの事なんて書かれていない。嶋本はこの二年間で膨大な量のマニュアルを読破・理解した。全てを覚えてはいないが、そこに何が載っていたかくらいは覚えている。
「おはようございます」
 高嶺が出勤してきた。
「お、おはよう!」
「おはようございます」
 それぞれ返ってきた声に、高嶺は眉根を寄せた。

 着替えを済ませた高嶺は、真っ先に真田と嶋本の下へやってきた。
「どうしたんですか」
 高嶺が聞いた。
「声がガラガラやねん」
 嶋本が答えた。しかしそれは高嶺はもちろん、今ここにいる皆がわかっていること。高嶺が知りたいのは、直す方法だ。
「原因はわからないんですか?」
 原因がわかれば、自ずと直す方法もわかる。
「俺の知識じゃわかれへんし、今担当お前やんか。ちったぁ努力せえ」
 言うと嶋本はその場を離れた。そのまま自分の仕事に取り掛かる。
 高嶺は途方に暮れた。誰よりもロボットのことをわかっている嶋本でさえわからないのだ。それはつまり、マニュアルにもこの事は載っていないということ。
 高嶺はとりあえずいくつか質問をしたが、やはり原因はわからない。高嶺は真田を灯りの真下に座らせると、大きく口を開けるよう指示を出した。その口の中を、覗きこむ。
 マニュアルに、声が出る仕組みは人間と同じだと書かれていた。つまり、喉の作りも同じということだ。
 しかし、わからなかった。人間で言うところの異常は、このロボットには見当たらなかった。
「はい、もういいですよ」
 お手上げだった。
 メンテナンスに出そう。そう考えていると、真田がぽつりと呟いた。
「久々に話した」
「はい?」
「嶋本と。業務以外のことで話したのは、久しぶりだ」
 その発言になんだか元気がなくて。
「そうですか。……寂しかったですね」
 思ったままを言えば、ロボットは意外そうな顔になった。
「寂しい? ……そうか。これが、」
 そして、不自然に動きが止まった。
 再び動き出したとき、ロボットは自分の声がおかしい事に少し驚いた様子を見せた。
「原因がわからないんです。メンテナンスに行きましょうね」
 高嶺はそれだけを言うと、嶋本に報告に行った。物理的に喉を見ても異常はなく、初期化しても声は戻らなかったからデータに不具合があるわけではないということ。
 それから、ロボットがぽつり、「久々に話した」と呟いたこと。
「寂しかったみたいですよ」
 そして嶋本は、業務内容以外で話をしたのは一週間ぶりくらいだと気付いた。意図的にロボットに近づかないようにはしていた。しかし全ては、他の者とロボットの交流を増やすためだ。避けていたわけではない。
 だけどロボットは、それを寂しいと感じたらしい。
 何もしなくても、ロボットは感情を学習してしまう。自分がいないことで、逆に感情を学習してしまう。
 初期化をして、感情ごと消去されたとは言え、嶋本はやはり、胸の辺りが苦しくなった。
 ロボットはそれからも、何度かデータを初期化した。直接嶋本が関わっていなくても、嶋本のデータが少しずつ一緒に消去されているので、初期化の原因に嶋本が関わっていることは明白になっていった。

 

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