ロボと心と愛のカタチ 特救編後編 27
「歩きか。珍しいな」
当直を終え、基地の敷地を出んとする嶋本に、真田は真後ろから声をかけた。
普段は車の嶋本だから真田はそう判断したが、それはつまり、モノレールやタクシーという候補に気付かなかったということ。
今ここで教えれば済みそうだが、もしかしたらこのロボットは、自分の一日には組み込まれていない日常について、疎いのかもしれない。
バグと言う程のことではないが、次の機会についでに直して貰おう。
瞬時にそう判断した嶋本は、久しぶりのその感覚に、思わず笑みが零れた。今年度はこのロボットのことは基本的に高嶺にまかせているから、こんな風に話すことすら久しぶりだ。
「天気の良い日は、稀にね」
嶋本はそう答えたが、ロボットには理解できなかった。
「天気が良いということは、歩いて帰る理由になるのか」
理由になる、その事実だけを口頭で説明して済ませても良かったが、せっかく天気が良い日の仕事終わりにこうして出会ったのだ。嶋本は断られることがないことを知りながら提案した。
「んー……。ほな、一緒に帰りましょか」
そして、ロボットの「うん」という職務時間外にしかしない返事を聞くと、ゆっくりと歩き出した。
会話もないまま歩いて5分程経つと、ロボットは聞いた。
「どこかへ行くのか」
「いいえ〜」
嶋本はのんびりど答えた。
「そうか。しかし、帰り道でもないんじゃないか」
「そうですねぇ」
「では、どうやって行く道を決めているんだ?」
「決め方? んんー、気の向くままですけど。そうですねぇ、敢えて挙げるなら、太陽の位置が一番大きいですかねぇ?」
「太陽の位置?」
「ええ」
頷いて、嶋本は歩みを止めた。空を眺める嶋本に、真田も習う。
「今、太陽は背中にあります」
嶋本が言うと、真田は嶋本の後ろに回りこみ、背中にそっと手をあてた。
「太陽があるのか」
「は? ……ああ、ないです! 俺の背中に太陽はないです! あってたまるか!!」
嶋本は真田の手を払いのけると、あははと笑った。
「突然ボケんでくださいよ! ツッコメんかったやないですか、まったく。どこで覚えたんです?」
「テレビで。そういう漫才があった。一人が慣用句を使うと、もう一人はその慣用句を言葉そのままに受け取って、そんなことありえないと言っては笑いを誘っていた」
「ああ、こだま・ひびき。なるほど、真田さんにもわかりやすい作りですね。それで、文脈無視してボケてみた、と」
「うん。面白かったか?」
「おもろかったです」
楽しそうに答えた嶋本に、真田は満足そうな顔になった。
「それで、太陽の位置とは」
「ああ、そうでした。今太陽は、俺の背中側にあります」
「うん。背中側にある」
「太陽を背にして見上げた空は、どこよりも青いんですよ」
その言葉に、真田は空をぐるりと一周確認した。
「確かに。太陽付近の空は白みを帯びている。太陽を背にして見上げた空が、最も#0000FFに近い」
「しゃーぷ? ……ああ、俗に言うBLUEですか」
「うん」
「BLUEに近い程、青は鮮やかに濃い。ふと見上げた空がそんな色だと、清清しくて、気持ちが良いんです」
「そうか」
「ええ」
「俺には、それが気持ちが良いかどうかはわからない」
『わからない』と言うロボットに、珍しく悔しがる様子がない。わからなければ、とことん悔しがって、とことん質問するのがいつもの流れだ。それがないという事は、わからないなりに何か感じてはいるのだろう。嶋本は単純にそう考えた。
プログラムがいつもと違う動きを見せたのだ。普段ならば、原因を探って、それがエラーなのか正常に作動しているのか確認して、エラーならば自力で直せないか様々な手を打って、自力では無理ならば即座にメンテナンスの手続きを取り、取扱説明書に書き加える。
だが、清清しさを前に、嶋本の思考は単純化していた。
だから、風に乗るように「そうですか」とだけ答えた。
すると、真田はわずかに嶋本の顔を覗き込んだ。
「だが、嶋本が嬉しそうなのはわかる」
「ええ〜、嬉しそうですか?」
「うん」
「ああ、でも、いわれて見れば似てるかもしれませんねぇ。嬉しいのんと、気持ちいのん」
そして嶋本はクスクスと笑った。
