ロボと心と愛のカタチ 特救編後編 28

 

 それからしばらく、会話は途切れた。
 しかし、ロボットはもちろん、嶋本もそんなことは気にしない。
 いや、気にならないのだ。
 だって、世界はこんなに気持ちがいい。

 あ、新緑。

 嶋本は、道の反対側の植木に見つけた新緑に吸い寄せられた。朝日に輝く新緑は、目が覚めるように眩しくて、瑞々しい。
 それは、この気持ちの良い今日でなければ見つけられなかった発見。

「毎日こうならええのに」

 ぽろりと漏らされた言葉を、ロボットは聞き漏らさなかった。
「こう、とは?」
「ええ〜?」
 ふわふわと、嶋本は真田の方を向いた。
「天気が良くてー、暑すぎず寒すぎず過ごしやすい温度でー、空が綺麗でー、気持ちが良い!」
 言うと、嶋本はウヒヒとご機嫌に笑って、またふわふわと太陽に背を向けた。
「そう言えば、」
「はい?」
「嶋本の不満は、初めて聞くな」
「ん? 不満??」
「ああ。一ノ宮さんには、もう少し人間らしく話ができればなぁ、と、よく言われた。」
「え、一ノ宮さんには、ってことは、他の誰かにも何か言われたんですか」
「ああ。押尾さんには、お前はもう少しノリがよければなぁ、と言われて、黒岩さんには、お前はもう少し人の気持ちが分かればなぁ、と言われた」
 その言葉に、嶋本はすぐには返事をしなかった。ただ、ずっと、ふわふわ、ふわふわ、空が最も鮮やかに濃い方へと歩く。
「真田さんには、」
 ようやく発せられた言葉はやけにのんびりとしていて、真田はいつもと違うタイミングで相槌を打った。
「真田さんには、不満に聞こえたんですね」
「不満じゃないのか」
 聞くと、嶋本は歩みを止め、真田の方に振り返った。
「不満もちょこっとあります。でも、そこに強くあるのは、願望です」
 その答えに、真田は眉根を寄せた。
「満足していないから、願望は生じるんだろう?」
 すると嶋本は、んふふと笑って右手でピースをして見せた。そして得意げに言った。
「願望には、2種類あります。現実的願望と、非現実的願望」
 そして、中指を折りたたんで、人差し指だけ立てた状態で、やはり得意げに説明を始めた。
「ヘリに乗りたい。これは、現実的願望。ヘリになりたい。これは、非現実的願望。わかりますね?」
「わかる」
「非現実的願望って、幼い子が無理やとわからずに願うか、無理やとわかってることをそれでも願うか、なんですよね」
「うん」
「この歳になるとね、無理やとわかってることに、不満はそんなに抱かないもんなんですよ。じゃあ、そこにあるものは何かと言ったら、希望です」
「希望……」
「ええ」
「……つまり?」
「え、つまり? ……つまり?? んー、ほんなら、希望とは何の事ですか?」
「希望は、実現することを望む事。将来に対する期待」
「願望は?」
「願い望むこと」
「他には?」
「他? ……ない」
「ほんなら、願望の類語は?」
「願い。望み」
「希望の類語は?」
「望み」
「何か分かってきました?」
「さっぱりわからない」
「気付きませんか? 願望と希望って、似てるけど、同じじゃないんですよ」
「同じじゃない……。なるほど、希望と願望は類語じゃない」
「その通り!」
「希望は実現することを望むが、願望はただ願い望むだけ」
「そう!」
 嶋本は元気に言ったが、話は入り組むばかりだ。
「……つまりどういうことだ? 非現実的願望の中には希望があるんだったな?」
「お前はもう少し人間らしく話ができればなぁ。そしたらきっと、円滑にコミュニケーションが取れるのに。お前はもう少しノリが良ければなぁ。そしたらきっと、隊の雰囲気はもっと良くなるのに。お前はもう少し人の気持ちがわかればなぁ。そしたらきっと、お前は誰よりも優れた、人間よりも優れた隊員になれるのに」
「……」
「俺には、これが不満になんて聞こえません。俺には、実現したときの期待に聞こえます。ではもう一度聞きます。希望とは?」
「実現することを望む事。将来に対する期待」
「よくできました!」
 嶋本は元気よく言うと、再び太陽に背中を向けた。
 しかし、太陽の方から聞こえてきた声は、なんとも元気のないものだった。
「俺には、もう少し人間らしく話をすることも、もう少しノリが良くなることも、もう少し人の気持ちがわかるようになることも、ないのか」
 その問いに、嶋本はのんびり答えた。
「そうですねぇ。少なくとも、こんなに気持ちが良い朝は、滅多にありません。毎日こんなに気持ちが良いなんて、ありえません。だから、さっきの俺のんは非現実的願望です」
「……」
「非現実的ってのは、いやいやそんなんありえへんし! って言うような事です」
「……」
「知識は、時に、それを翻す事ができます」
「嶋本、何の話を、」
「歴代副隊長には、知識がなかったんです。だからどれもこれも非現実的願望で終わった。俺も最初は、真田さんに対して、同じ非現実的願望を抱いてました。でも、俺には皆より知識があった。そしたらたった一つのきっかけで、それらは現実的願望へと変化しました。現実的願望は、少しの努力で希望になります」
 そこまで言って嶋本は、再び真田の方を振り返った。
 ああ、太陽が眩しい。
「希望とは?」
 嶋本が聞いた。
 ロボットは何度でも答える。「実現する事を望む事」
「真田さんこんなにしょんぼりした声出るのに、人間らしくないはずがない。真田さんさっきボケたやないですか。ノリ良くないはずがない。実現する・せえへんの話やなくて、それが真田さんの現実です」
 あくまで明るく話す嶋本に、しかし真田は一向に元気を取り戻さない。
「人の気持ちは? わかっているか?」
 まるで迷子のような心細そうな真田の顔に、嶋本は思わず笑顔になった。
「そんな顔できる人が、人の気持ちわかれへんはずがない。……ほら、いけめんが台無しですよ。笑ってください」
「うん……」
 返事はするものの、歯切れが悪い。嶋本がどうしたものかと頭をぽりぽりかいたところで、真田が再び口を開いた。
「他の皆も、そう思ってくれていたら良いが……」
 その言葉に、嶋本はニヤリと笑みを浮かべた。その笑みに、真田は嶋本の言わんとすることがわかった。
「それは、不満? 希望?」
「希望の方が大きい」
「ね。しかもそれは、俺に言わせてみれば現実的願望」
「現実的か?」
「ええ」
「そうか」
「ええ。……あのね、皆が真田さんに色々願望を抱くのは、それだけ期待しているということですよ。期待通りにいかへんかったら、他力本願棚にあげて不満言ったりもしますけど、期待してるからこそですよね。しょげることやないです」

 

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