ロボと心と愛のカタチ 特救編後編 32
いざ、自分も昼食をとろうとした嶋本の携帯電話に、見慣れぬ番号から着信があった。
「星野はまだいるな?」
電話の主は真田だ。
「います。もう帰る準備してますけど」
「星野は、救急救命士の資格を取れば良いと思う」
「……はぁ」
「レスキューは最前線だけでは成り立たない。後方に救急救命士がいてくれるからこそ、」
「そう思うんやったら、」嶋本は真田の言葉を遮った。
「本人に伝えてください」
皆まで聞かずとも、嶋本には真田の考えがわかった。
嶋本は電話を星野にかわるつもりでいたが、真田は「わかった」と一言言うと、通話を終了させた。
嶋本はしばらく携帯電話を眺めていたが、昼食をとらないわけには行かない。コンビニで買ってきていたパンにがっついた。
「不味そうな顔で食うなぁ」
さっき自分が言った言葉がそのまま頭上から降ってきて、嶋本はむせそうになった。言葉の主は黒岩だ。
「星野が気になるか」
言いながら黒岩は嶋本の正面に腰掛ける。
正面に腰掛けることまで同じだなんて。嶋本は、黒岩から多くのことを学んできた自覚はあるし感謝もしているが、なんだか微妙な気分になった。
「なりません」
答えつつも、パンを頬ばることは忘れない。
「なら美味そうに食え」
「美味いですよ」
「そうか。じゃあ、他にお前が気にしそうなことと言えば、一つしかないな」
嶋本はそれには答えず、二つ目のパンを開けた。
「今、高嶺から電話があった。真田が突然羽田を飛び出していったそうだ」
「へぇ」
嶋本は二つ目のパンにがっついた。ゆっくり話をしていたら、休憩時間が終わってしまう。
「お前が慌てないところを見ると、目的地はここで良いな」
「多分」
「隊長職を放棄する真田を諭すのは、お前の仕事じゃないのか」
嶋本は、頬張っていたパンを飲み込んでから答えた。
「諭す前に電話切られました」
「かけ直せばいいだけの話だろう。なぜかけ直さなかった?」
「……」
「かけ直せなかったのか?」
「……」
「質問を変える。真田がここに来る目的は何だ」
「……星野に伝えることがあるみたいです」
「伝える? 電話じゃ駄目なのか?」
「星野に変わる前に切られました」
そして嶋本はふたたびパンにがっついた。黒岩は何も言わない。
二つ目のパンもすぐになくなった。最後のカツサンドに移る前に、缶コーヒーを煽る。
黒岩は待っているのか、意図があるのか、急かさない。
カツサンドもすぐになくなり、残りのコーヒーも飲み干した。
「……、星野は救急救命士の資格を取れば良いと、言ってました」
「救命士か。なるほど、優しい星野のことだ、合ってるんじゃないか」
「はい、ぴったりやと思います」
「それで? お前は何をふてくされてる」
この問いに、嶋本は先ほどの石井を思い出した。石井は「ふてくされてなんかおりません」と答えた。なるほど、ふてくされているところへふてくされていることを指摘されても、素直になれない者は余計ふてくされるだけだ。「別に、ふてくされてません」と答えたいところだが、石井と同じは気に食わないし、黒岩が頑固なことを知っている。
嶋本は、素直に答えることを選んだ。
「……俺は、ずっと見とったのに。除隊を先に進言されて、その後のことまで提案されて。俺、除隊後のことなんて、おずで潜水士やるやろう、くらいしか考えてへんかった。それなのに、二回訓練見ただけのロボに……」
「……そうだな。一番傍で見てきたんだ。除隊も、その後の提案も、自分が一番に答えを出して、自分で言いたかったな」
「はい」
「それを、ちょっとしか見てないロボにされたんじゃあ、悔しいなぁ」
「……悔しい」
その言葉を、嶋本は冷静に復唱した。
悔しい。確かに悔しい。だけど、悔しいなんてものじゃないことを、嶋本は自覚していた。
これは、嫉妬だ。
星野にではなく、真田にでもなく。データが揃えば迷うことなく答えを出すことができるプログラムに、嫉妬しているのだ。
そんなプログラムが組み込まれているロボットに嫉妬しているのだ。
「じゃあ、どうする?」
「は?」
「これからずっとふてくされてるわけにもいかんだろう。お前は、これからどうするんだ」
「……どう、ったって……」
「お前は何があっても前に進める。お前は、あらゆることを次へ進む取っ掛かりにできる。お前はそういう奴だと、お前を知る全ての人が知ってる」
黒岩は、こういう時ばかり聞き上手で、こういう時ばかり煽るのがうまい。
ここで立ち止まってしまったら、名前負けのレッテルを貼られてしまう。
嶋本は、半ば黒岩を睨むようにして言った。
「残りの四人に関しては、誰にも口出しさせません」
この答えに、黒岩はニヤリと表情を崩した。
「真田さんにも、もちろん黒岩さんにも」
嶋本がそう付け足すと、黒岩はハンと鼻で笑った。
「そりゃあ楽しみだ」
真田が姿を現したのは、この3分程後のことだ。
星野は、清清しい表情で特殊救難隊を後にした。
嶋本が星野の背中を見送っていると、隣に真田がやってきた。真田も、まっすぐに星野の背中を見る。
「ええ顔で出て行きましたねぇ」
「そうか。ならば良かった」
「尊敬してやまない人にあんなん言われて、嬉しくないはずがないですよ」
「そうか。しかし、嶋本がいなければ、救命士になれとは言えなかった」
嶋本は驚いて真田を見上げた。
「ええ〜、なんでそこで俺ん名前が出てくるんですか」
「星野に関して、資料を提供してくれたのは嶋本だろう」
「資料?」
「除隊の件で話をした時。あの時に、見せてくれたじゃないか」
「ああ、あれ。……え、あれですか?」
「ああ」
頷いて。真田は、ふわりと笑顔になった。
「ありがとう」
「は?」
「あれが無ければ、星野を気持ちよく送り出すことはできなかっただろう」
ああ、もう。こんロボは。なんて素晴らしいプログラムが組み込まれてるんやろ──
嶋本は、嫉妬していた自分が恥ずかしくなった。
「こちらこそ、ありがとうございます。真田さんがおらんかったら、最後に星野のあんな顔見られへんかった」
その言葉に、真田はやはり微笑んだ。
嶋本は、久々に見たその顔は記憶の片隅へ、今はまだちっぽけとは言い難い嫉妬は心の奥へ、そっとしまった。
