ロボと心と愛のカタチ 特救編後編 33
「鬼軍曹!!」
石井に呼ばれた。
「なんや、鬼て。この俺様のことか」
嶋本は返事の代わりにすごんで見せた。しかし今の石井には蚊程も通用しない。
「三隊と合同訓練やからって、浮き足立ってんちゃうぞ」
合同訓練が始まった。本日の目的は、新人隊員に己の非力さを教えること。かつ、実働隊にも為になる訓練をすること。
「本日は、これまでの出動の中で最も成功率の低いものの、成功率を上げる。そのための訓練をする。真田隊長、説明をお願いします」
真田は前に出てくると、嶋本の隣に並んだ。
真田から発せられる言葉はきっちり機械的で、驚くくらい抑揚がなかった。何より、理解しづらい。嶋本だからこそ、『理解しづらい』程度で済んでいるが、新人隊員のみならず、三隊のメンバーまでもが眉根を寄せている。
真田の説明が終わった頃には五分程が経っていて、新人隊員はもう、ちんぷんかんぷんだろう。しかし嶋本はあえてそこに問いかけた。それが今日の真の目的だからだ。
「くぉら、チンカス共。なんやそん顔は」
説明が終わるなり、自分たちに矛先が向くとは思っていなかったのだろう。新人隊員達はなんとも情けない顔をしていた。
「三隊見てみ!? 平然としてんで?」
口から出任せ。もちろん三隊の四人も困った顔をしていたが、新人の手前「本当はわからない」などと言えるはずがなく、慌てて平生を装った。そして平然としている三隊メンバーを確認した新人隊員たちは、負けず嫌いと意地っ張りが手伝って、知らずと士気が上がる。
新人隊員の表情が引き締まるのを確認すると、嶋本は再び問いかけた。
「ほんなら、どういうことか説明してもらおか! 石井!!」
呼ばれて石井は背筋が伸びた。緊張と、焦りと、悔しさと。拳を握ることしか出来ない石井から、嶋本は即座に視線をずらした。
「神林!!」
神林は飛び跳ねるようにして背筋が伸びた。しかし、答えたいのに答えられないもどかしさに、うつむいた。
「大羽!!」
流れがわかったのだろう。大羽の背筋ははじめから伸びていた。しかし唇をかんで僅かに視線をそらしたまま、何も言えなかった。
「タカミツ!!」
「はい!!」
「お、ええ返事や」
「わかりません!!」
あまりの即答に、嶋本は思わず頭を抱えそうになった。しかし今はそんな時間ももったいない。気合を入れて怒鳴った。
「あきらめが早い! 腕立て百回じゃ!!」
「はい!」
「他3人は二百回! お前ら何を学んどんじゃ! 判断遅いと死ぬで!!」
そして四人が腕立て伏せを始めると、嶋本は腕を組んでそれを眺めた。そして十回目で盛大にため息を付いて見せると、ようやく口を開いた。
「高嶺、説明」
「はい」
嶋本は、高嶺の説明を腕を組んだまま聞いた。途中真田が口を挟もうとしたが、阻止した。高嶺の説明は、わかりやすく、皆が納得の様子を隠さずに聞いた。高嶺の説明が終わったのは、腕立て伏せが八十を終えたところだった。
「んー……。百二十点!」
嶋本が言った。それにすかさず黒岩がつっこんだ。
「何点満点だ、そりゃ」
しかし嶋本はけろりと答えた。「百点」
「お前ら知ってるか? 社会ってのは加点方式でな、百点はとれて当たり前。百点未満は許されへんのじゃ。それがなんやお前らは!! 良いとこタカミツの一点!」
そこで、かすかに舌打ちが聞こえた。
「どこぞの誰かが素直に話聞かんので、全員プラス百回」
言って嶋本は、腕立て伏せをする石井の背中に腰掛けた。
「優しいから俺が数えたろ。はい、いーち! いーち! いーち!」
増えない数字に石井はまた舌打ちをした。
「まる聴こえやで。そんなに腕立てが好きか。ならこれまでの九十五回はなしにしたろ! 優しいなぁ、俺! ほら、いくで! いーち! いーち! いーち! にーい! にーい! にーい! ああ、でも、そしたら訓練が続けられへんなぁ。大口、席ゆずったろ」
「マジっすか!」
「おお。かわりにきっちり数えるんやで。声出さんでええから、終わったらそれだけ教えたって」
嶋本は石井の背中から降りると、真田の隣に並んだ。
「俺なら、真田さんの説明、千点にできる。でも、ひよっこ共があまりにもチンカスやから、説明の前に、良いこと教えたろ」
言って嶋本は、隣に立つ真田の肩に、手をぽんと置いた。
「お前らが尊敬してやまないこのロボットには、これまでの海難の情報を全部詰め込んである。ロボットならでは、厳密にはコンピュータならではの、凄まじい記憶力と演算能力のなせる業やな。俺らは今横浜防災基地にいるが、この」
ここまで言うと、嶋本は真田の肩に置いていた手を、頭にポンと移動させた。
「脳みそを持ってすれば、石井。お前が今アメリカにいる事を証明できる」
しかし、大口を背中に乗せて腕立て伏せをしている石井には、声に耳を傾けるだけでせいいっぱいで、悪態をつくこともできない。しかし、大口が口を開いた。
「じゃあ、俺も今アメリカにいるんですか?」
「せやな。アメリカかもしれんし、モンゴルかもしれん」
「ええ〜、モンゴルー?」
嶋本はごねる大口を無視して話をすすめた。
「さらには、この脳みそがあれば、火星はおろか、宇宙の端まで行けるかもしれん」
そこまで言うと、嶋本はこの場にいる者全員を見渡した。皆顔に『頭大丈夫か?』と書いてある。嶋本にはそう見えるし、きっとそれは事実だろう。
「信じる奴はおらへんか。……まずコレが、俺とお前達の差や。何の差やと思う? 知識や。分子レベルなら、今石井が他の場所にいることを証明できる。初めて月に行ったロケットの性能はファミコンレベルや。ファミコンで月に行けるねん。このロボットやったら、どこまで行けるやろな?」
そこで嶋本はもう一度皆を見回した。皆が自分に集中していることを確認すると、ゆっくりと口を開いた。
「このロボットより優れた特救隊員になんて、到底なられへんような気いすんなあ。視界は三百六十度あるし、体力は際限ないし、知識は詰め込み放題やし、道具に頼らんでも一人でできることめっちゃあるし」
ここまで言うと、真田が驚いた様子で嶋本に言った。
「そんなことはない!」
訓練内容の説明時とは打って変わって、そこには感情がこもっていた。嶋本は一つ微笑んで、「知ってます」とだけ言うと、皆の方へ向き直った。
「俺たちは、このロボットを。神兵を、超えられる。なぜならば俺たちは、人間だから」
この言葉に、ロボットだけが頷いた。
「なんで人間やったらロボット超えられるんやと思う? 神林!」
当てられた神林は、終わる気配を見せない腕立て伏せに体力を消耗しきっていて、嶋本の話を聞くだけで精一杯で。
「っ、わかりません」
考えもせず、迷いもせずにそれだけを言った。
「ほな、佐々木」
「はい」
佐々木は、返事だけするとその場で少し考えた。そして、自信がないのだろう。何かを呟いた。
「聞こえん!!」
「はい! ロボットは、あらかじめプログラムされたことしかできないからです!」
「つまりどういうことや?」
「はい! ロボットは、自分で考え、努力し、成長することができないということです!」
「でもこのロボット、人工知能あるし学習能力も凄まじいで?」
「はい……。しかし、それさえもあらかじめプログラムされたことであり、限界があります」
自信がなさそうだったが、嶋本はその答えに頬が緩むのを必死で我慢した。はじめはロボットの下で働くことに疑問を抱き、真田に近寄ろうともしなかった佐々木が。今では、真田のことをよく理解している。それが酷く嬉しかった。しかも、
「その通りだ」
佐々木の発言に対し、真田自ら説明を加えた。
「人間には、秘められた可能性が無限にある」
かつては人間らしくあることを望んでいたロボットが。自分がロボットであることに、少なくとも、疑問や違和感を抱いていない。
嶋本はそれも嬉しかった。
しかし同時に、少しだけ寂しくなった。真田はどうあがいても、ロボットだ。
寂しい気持ちを振り払うため、嶋本は叫んだ。
「無限にあるはずのお前らの可能性を、一つでも多く引き出す!」
そして嶋本は、改めて訓練内容を説明した。
その後、四人の新人はなんとかノルマを達成し、無事オレンジを着ることができるようになった。
それはつまり、新たな一年が始まるということ。
嶋本は、真田隊副隊長に、高嶺を任命した。
嶋本は、五管区の機動救難班班長に任命された。
嶋本の、特殊救難隊最後の一年間が終了した。
