ロボと心と愛のカタチ 特救編後編 34

 

 嶋本が羽田から飛び立つ日。
 それが、真田の中から嶋本のデータが全て消去される日。
 夕方の便で立つ嶋本はその日、前日の送別会の疲れもあって昼まで何もない部屋で寝ていた。
 そこへ、黒岩から電話がかかってきた。
「嶋本! なんだ、まだ寝てたのか!? どうせ飛行機まで何もすることねぇんだろ? 二時に真田ん家集合な!」
 黒岩は言うだけ言って、ブツンと通話を終了させた。
「二時て、もう出な間に合えへんやん……」
 嶋本はすぐさま準備をして出て行った。

 一年半ぶりの真田宅は、特に変わったところはなかった。
 チャイムを押すと、まるで玄関先で待っていたかのように、すぐにドアが開かれた。
「いらっしゃい」
 真田は笑顔で嶋本を中に入れた。
 靴が真田のものしかないところを見ると、黒岩はまだ来ていないらしい。
「あれ、俺一番のりですか?」
 聞けば、真田は「いや」とだけ言って、視線を後方へずらした。
「一番乗りは、プシャンだ」
 プシャンは物陰から様子を覗っているようだった。しかし嶋本だとわかると、真田の足元までやってきて、一つ、甘えた声を出した。
 久々のプシャンの頭をなでて、嶋本は靴を脱いだ。導かれるままに、真田の後をついて行く。
 いつものようにリビングに腰を落ち着けて、嶋本はぼやいた。
「ったく、黒岩さんは。呼んどいて遅れるとかありえへん」
 すると、真田は楽しそうに言った。「黒岩さんは来ない」
「そろそろ電話がかかってくるはずだが……」
 言って、真田はキッチンへと消えた。お茶でも出してくれるのだろう。
 真田がキッチンへと消えたのを良いことに、嶋本はきょろきょろとあたりを見渡した。
 本当に、何も変わっていない。ソファもローテーブルも、カーテンも、あぐらをかいた足に乗りあがってくるプシャンも。そのままだ。変わっているのはきっと、これから出される茶菓子くらいだろう。
 そして、真田はやはり、茶菓子を手にやってきた。
「ありがとうございます」
 茶菓子を少し堪能してから話に入る。そのセオリーも、変わっていない。
 嶋本が茶菓子に手をつけたところで、電話が鳴った。
 真田が出たが、すぐに嶋本にかわった。黒岩からだった。
 嶋本は、挨拶もなしに言った。
「どういうことですか」
「何だよいきなり。何をそんなに怒ってるんだ」
「なんで、消去したはずのデータがあるんですか」
「なんだ、真田のヤツ、ばらしちまったのか」
 黒岩は楽しそうに言った。しかし嶋本には黒岩のその態度が全く理解できなかった。
「ばらす? まだ何も話してませんよ。いったい、どういうことですか」
「何そんなにぷりぷりしてんだ。お茶目だろう? 旅立つお前に、最後のサプライズ!」
「はあ?」
 いつまでも楽しそうに話す黒岩に、嶋本は毒気が抜かれた。今の声でそれがわかったのだろう。対して黒岩は、真面目な声になった。
「最後くらい、本音で話せ」
「本音?」
「そのロボットに情が移るようなことがあってはいけない。お前は三年間、本心を押し殺してきたんじゃないか」
「……」
「最後くらい、副隊長としてではなく、嶋本進次個人として話をすれば良い。……思い出話ができるように、データ復元してやったんじゃねぇか! すげぇ嫌な顔されても頼んみこんだんだぞ! 無駄にはするなよ!!」
 言いたい事を言った黒岩は、一方的に通話を終わらせた。
 受話器を置いて、嶋本はなかなか真田の方を向くことができなかった。
 嶋本進次個人としてだなんて、今更何をどう話せば良いのだろう。
「真田さん……」
 嶋本は、顔をあげられないまま口を開いた。
 真田は、少し離れた場所から動こうとしない嶋本を、いつもの位置へと呼び戻す事はしなかった。
「なんだ?」
「プシャン……」
「プシャンがどうかしたか?」
「シマって、呼んどったんちゃうんですか」
「ああ……。それでばれてしまったのか」
 真田は楽しそうに言った。電話を聞いていたのだろう。真田は続けた。
「多くのデータが無理やり復元されたから、プログラムの結合がうまくいっていないのだろう」
 その言い方に、嶋本は、ぷ、と噴き出した。
「その言い方、俺の言い方と同じ」
 そして嶋本はようやく、いつもの位置へと戻る事ができた。
「副隊長としてではなく、嶋本進次個人として話せ言われました」
「そうか」
「正直、困ってます。今更、何を話せばええんか。……真田さんは、何かあります?」
 その質問に、真田は即答した。
「話したいことなら、たくさんある。何から話そうか」
「何からって」
 嶋本は笑った。真田は、考える振りをして、考えていないことが嶋本には手に取るようにわかるからだ。
 ロボットに困ることはない。しかし真田は困っているように見える。つまりそれは、エラーメッセージだ。
 どの話題を実行すれば良いかわかりません。助けて。新しい命令をちょうだい。
 真田はそう言ったつもりになって待っているのだ。
「検索結果、出てきた順でええんちゃいます?」
「そうか、では、真田さん」
「……は?」
「真田さんと呼ばれるのは、久しぶりだ。国緊隊の時を除いて、初めてデータを初期化した日から、隊長と呼ぶようになったからな」
「あ、ばれとる」
「一度、なぜ俺を隊長と呼ばないのか、聞いたことがあっただろう? あの時は嶋本の言った事がわからなかったが、今ならわかる」
「ああ……」
「俺の一個人としての尊厳を、守ってくれていたんだな。ありがとう」
「いや、そんな……。結局俺は、隊長って呼ぶようにしたし……」
「だが、何かわけがあったんだろう? それに、隊長と呼ばれるのも悪い気はしない」
「……」
「データを初期化して、人間らしくなれることに喜んでいた俺はなくなったけど。最近は、ロボットであることを認められているのがわかって、嬉しかったんだ。俺は、自分がロボットであることを、誇らしく思うよ」
「……でもそれは、真田さんがそんな風に学習したからであって、」
「それは違う。嶋本が、『隊長はそれが良い』と言ってくれたから、ロボットである事を誇りに思えるようになったんだ」
「あ……」
「覚えているか?」
 忘れもしない。次も副隊長をやってくれるか、と言われた日だ。
 嶋本は返事をしなかったが、真田は続けた。
「そんな嶋本だから、好きになったんだろう」
 歌うように穏やかな声だった。
 まさかそう続くとは思っても見なかった嶋本は酷く驚いた。
「そんな嶋本だから、何度も何度も惹かれたんだろう。データが復元された今、前よりもずっと強く、好きだと思うよ」
「……」
「今ならこの感情がなんなのか、わかる」
「……」
「恋だ。これは恋愛感情だ」
「でも、」
 嶋本は震えそうになる声をなんとか抑え、言った。
「でも、真田さん、どう動けばええかはわからへんでしょう?」
 すると、真田はけろりと言った。
「ああ、わからないな」
「やっぱり」
「なぜわかった」
「だって、普通聞きますもん。好きになった相手に、好きやと伝えたなら、相手に、自分のことどう思ってんのか。普通聞きますもん」
 すると真田は大真面目にうなずいた。「なるほど」
「では嶋本。俺のこと、どう」
 思う? その言葉は言えなかった。
 嶋本が真田の首に腕を絡めて抱きついていた。
「好き。めっちゃ好き。ほんまは、初めて好きやって言われた日よりもっと前から、ずっと、ずっと、好きやった……!」

 

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