ロボと心と愛のカタチ 特救編後編 35

 

 真田が抱き返してくるのを感じながら、嶋本は続けた。
「ほんまは、好きやって言われた時、めっちゃ嬉しかった。けど、こたえるわけにはいかんかった。辛い思いしかさせられへんくて、俺……」
 嶋本の頬を、涙がつたっていた。
 一度吐き出してしまうと、もう止まらなかった。
「それやのに真田さん、最後まで俺んこと思ってくれとって、データなくなってもまた俺んこと慕ってくれて。……俺は、真田さんになんかできたんやろか……っ」
 聞きながら真田は、嶋本の背中をポンポンと叩いた。そして、同じゆっくりしたテンポで言った。
「大丈夫。大丈夫だよ。嶋本がいつだって俺のために動いてくれていたことは、わかってるよ」
「でもっ」
「それだけで十分だ。俺のために動いてくれてるのに、それ以上に何を望むんだ。俺は、幸せ者だ」
 嶋本は思わず顔を上げた。幸せ、なんて、ロボットの口から初めて聞いた。
「……幸せ?」
「うん」
「ほんまに?」
「うん。……嶋本も好きだと言ってくれたし、とても幸せだと思う。他に適した言葉を、俺は知らない」
「ほんなら……」
「うん?」
「俺も幸せ。真田さんが幸せなんが、俺の一番の幸せ」
 ようやく笑顔を見せた嶋本に、真田の頬も緩んだ。
 真田は嶋本の頬に手を伸ばした。涙をぬぐう。
「俺の一番の幸せは、嶋本が笑顔でいてくれることかな」
「ぅわ、マジすか! ほんなら俺、ずっと笑っとかな」
 そして二人は笑いあった。
 そして、笑いが止んで、沈黙が生じて。見つめあう。
 見つめながら、嶋本は思う。
 こんロボ、この後の流れもわかってへんよなぁ、どうせ。
 そこで嶋本は命令を出した。
「真田さん、目ぇ。瞑って下さい」
「なぜ?」
「どうせ、流れわかっとらんでしょ。ほら! さっさと瞑る!」
 言えば、真田はしぶしぶと目を閉じた。目を瞑れと言っただけなのに、真田はわずかに下を向いた。嶋本は両手で真田の顔を前向かせ、固定する。
 そして、頭、額、目じり、耳、頬、鼻の頭、唇に、くちづけた。
 顔の固定を解くと同時に、真田は目を開けて驚いたような顔になった。
「キス……」
「はい。キスです」
「……なんだその妙な顔は」
「いや、接吻て言われたらどうしようって、ちらと思てて」
「接吻……。同じことだろう?」
「今時の人は接吻なんて言葉使わへんのです。覚えといてくださいね」
「わかった」
 真田は笑顔で返事をした。
 それから二人は様々なことを話した。
 同じ隊になるまでのお互いのこと。初めて同じ隊になった時のこと。それからのこと。初めてデータを初期化したときのこと。勉強会のこと。アルジェリアでのこと。新人教育の間のこと。最後の一年間のこと。
 そして、これからのこと。
「これから、傍にはおられへんけど。俺は、これからも真田隊長が大活躍するってわかっとる。だから、胸を張って関空へ行ける」
「……胸を張って?」
「そう! 真田さんの活躍が届く度に自慢するねん。俺はあの真田隊長の下で働いててんで、って。誰もが認める最強のバディやってんで、って」
 それを聞いた真田は、わずかに眉をしかめた。
「ずるい」
「へ?」
「ずるい。俺は嶋本のことを忘れてしまうのに。俺は嶋本の活躍を聞いても、そんな風に自慢なんてできないのに」
「ッハハ! なに言うとんすか! そんなん、真田さんがわざわざ自慢せんでも、みんなわかってくれてますよ!」
 嶋本は笑ったが、真田はしかめっ面のままだ。何がそんなに気に入らないのか嶋本は考えあぐねて、真田が再び口を開くのを待った。
「嶋本の活躍が羽田に届いたとして、その情報は俺には回ってこないだろう?」
 真田は聞いた。
 その問いに嶋本は驚いた。このロボットは、いつの間に予測なんてことができるようになったのだろう。嶋本は試しに聞いてみた。
「なぜ、そう思うんですか?」
「消去したデータをまたインプットすることになる。それではデータを消去した意味がない」
「そうですね。正解です」
 嶋本はつとめて明るく言った。
 しかし真田は真剣な顔をして言った。「嬉しくない」
「そんなの、寂しい」
「……寂しい?」
「寂しい。……嶋本。俺は嶋本のことを、忘れたくない。」
 言い切った真田に、嶋本は酷く胸が痛んだ。
 最後まで、辛い思いしかさせられへん――
 いてもたってもいられなくなって、嶋本は真田を抱きしめた。真田は大人しくしていた。
「ほんなら、忘れんとく?」
 嶋本は聞いた。
「俺のデータ、消去せんとこっか。それで、これからまた、同じ隊でやっていこう?」
 その言葉に、ロボットは僅かに声を明るくした。「良いのか?」
自分の言葉に一喜一憂するロボットを、嶋本はとても微笑ましく思う。とても愛しいと思う。
「全然良くない。そんなことしても、良くて無限ループやもん」
「無限ループ? どういうことだ? また感情を消去するわけではないのに」
 そうか、話してなかった。
 気付いて、嶋本は真田を抱く手を緩め、説明するのに必要な、目を見て離すのに必要な距離を作った。
「あのね、真田さん。今回は、レスキューに必要ない感情を忘れてもらう事が目的ではないんです」
 そして嶋本はゆっくりと話し始めた。

 

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