なリス 26

 

「チマ、ジンジンが一度鳴き出してから、一向に鳴き止まないんだ」
 当直のはずの真田から電話がかかってきたと思ったら、第一声がこれだった。
「俺はチマじゃありません」
 言って嶋本は電話を切った。
 一体どれだけうろたえているのか。自覚すれば良い。
 真田から再び電話がかかってきたのは、30秒程後だった。嶋本の意図が伝わったのだろう。
「……すまない」
「仮にもレスキューのプロですよ」
 リスの一匹や二匹鳴きやまないからって。いつもはもっと大変な現場で、だけど冷静でいられる人なのに。
「ああ」
 真田は神妙な声を出した。
 嶋本はわかっているのだ。真田はいわば、初めて子供を持った父親と同じような心境になっているだけ。
「はぁ」
 嶋本はため息をついた。
「嶋本?」
「知りませんよ」
 嶋本は吐き捨てるように言った。
「ジンジンがなんで泣いてんのかも、どうしたら泣き止むんかも」
「……」
「調べてください、自分で」
 そして嶋本は電話を切った。
 次は再び電話がかかってくることはなかった。

 電話の後、真田はインターネットで「リス・鳴き声」を検索した。
 検索結果はいくつもあるのに、肝心の鳴き声を聞かせてくれるサイトが少なくてまいった。しかし、三つだけ鳴き声を聞くことができた。
 子リスの鳴き声と、警戒時の鳴き声と、発情時の鳴き声。
 この三つの中でジンジンの鳴き声に最も似ているものは、発情時の鳴き声だった。他の者にも聞いてもらって、発情時の鳴き声だと結論が出て安心したのも、つかの間。安心は不安に変わった。
 ジンジンが、これまでになく激しい鳴き方をしだしたのだ。慌ててそのサイトを確認すると、こう注意書きがされていた。

※この鳴き声は、聞いたリスを発情させる効果があります。この鳴き声はリスに聞かせないようにしてください。

 不安はあっと言う間に後悔へと変わった。
「高嶺、どうしよう」
 真田は副隊長に助けを求めた。
「知りませんよ」
 高嶺はいつもの穏やかな顔で言い放った。
 
 翌日嶋本が出勤すると、ケージの中にはチマしかいなかった。
「隊長、ジンジンは?」
「基地長室だ」
「なんで?」
「あの鳴き声は発情期特有のものらしい」
「……で?」
「その鳴き声を聞いた他のリスは、発情してしまうらしい」
「…………で?」
「チマにも発情されて鳴かれたら困るから、離した」
「……言うても、チマも大概聞いてると思いますけど」
「……」
「それで、ジンジンの鳴き声は……。ああ、悪化してません?」
 確認するまでもなく。ジンジンの鳴き声はこの部屋まで届いている。
「悪化の原因はわかりませんけど、そのタイミングで悪化したんなら戻しましょ。チマも気にしとるみたいやし」
 チマは一心にジンジンの鳴き声が聴こえる方を覗っている。チマがいつもの反復横とびをしないから、この部屋はすっかり静かになってしまっている。
 いつの間にかガシャンガシャンとうるさい常態に慣れてしまっていて、静かだと変に落ち着かない。
「チーマ」
 嶋本はケージをトントンと指で叩いて呼んだ。すると、チマは嶋本へと寄って行った。
「お、めずらしい。どないした」
 チマはケージの際まで来ると、後ろ足二本で立ち上がって、犬掻きのように前足をせわしなく動かし始めた。そこへ指をやれば、チマは両前足を乗せてきた。
「……寂しいか?」
 一心に嶋本を見上げるだけで、チマは無反応だ。
「ジンジンが、気になるか?」
 次は、耳がピクリと反応した。
「やっぱり、一緒におった方が楽しいもんな」
 チマはまた無反応だが、これだけ目を合わせてくるのも珍しい。嶋本は少し嬉しくなって、そして少し、チマがかわいそうになった。
「ジンジンおらな寂しいな」
 また耳が反応した。
「お前、ジンジン大好きやねんなぁ」
 すると、
 ガブリ
 噛まれた。
「いってぇ!」
 勢いよく手を引っ込めてしまったが、チマは平気そうだ。
「大丈夫か」
 聞いてくる真田に、嶋本は噛まれた箇所を見ながら「少し血ぃ出てるけど大丈夫」と答えかけて我に返った。
「俺はいいんで、さっさとジンジン連れて来てください」

 そしてジンジンはケージに戻された。
 チマに鳴きだす気配はなく、ジンジンの鳴き声は途端にやんだ。

 

 

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