一緒に 10

 

 エプロンを半周程走ったところで、真田さんは中へ入っていった。見られていると思ったら、走り方もわからなくなった。俺はそのまま5周走ってから戻った。
 意識しないように。意識しないように。
 俺は平然と、まずは給湯室へ向かった。喉がからからだった。麦茶をたらふく一気飲みして、コップ一杯分だけ別で持っていく。と、黒岩隊長からツッコミが入った。
「なんだ、自分の分だけか」
「え、」
「俺今日は氷なしでいいからよ、コップになみなみ」
 強引な黒岩さんに、他の隊員ものっかる。
「俺は氷ありで」
「俺も」
「俺はなし」
「私はアイスコーヒー。ブラックで」
「専門官……」
 まさかの参入に笑いがおこる。
「はいはい、淹れてきたらええんでしょ!」
 自分のデスクにコップを置いて、再び給湯室へ。
 麦茶を注ぎつつ思い出す。のっかる声に真田さんのものはなかった。勢いのままに部屋を出てきてしまったから確認はできていないが、いらないのだろう。パソコンが起動していた。
 部屋へ戻り、麦茶を配り、自分のデスクへつこうとすると、思わぬところから声がかかった。
「シマ、俺の分は」
 何、その顔。
「え、真田さん、いるんですか」
「欲しい。熱いの」
 周りに笑いがおこる。真田さんがボケた。周りにはそのようにしか映らないらしい。
「こぼしても知りませんよ」
「嶋本、つっこみどころそこじゃねぇだろ!」
「お前ら本当にバディかよ。だめだめじゃねぇか!」
 その言葉でまた笑いがおこる。だけど、俺には深く突き刺さった。
「あー、はいはい。どうせその程度です!」
 言って、笑い声を背に三度目の給湯室へ。
 茶葉の入った缶を取り出す。茶葉を一掬いして、急須も湯のみも出していないことに気付く。
「……どうせその程度や」
 真田さんのことなら、わかるようになってきた気でいた。
 パソコン作業中は、ペットボトル飲料しか飲まないのだと思い込んでいた。
「飲むんかい。言えや」
 急須と湯のみを出して、ポットからお湯をそそぐ。
「ん?」
 湯飲みは温めるとして。急須も温めたっけ?
 わからなくなった。
「まあ、熱いのやしな」
 冷たくないにこしたことはないだろう。急須も温める。
 温める間に、美味しい入れ方を思い出す。蒸らし時間は確か一分。蒸らしている最中に急須をゆすらない。注ぐ時は、最後の一滴まで余さず、香りを逃さない。
 ……何かが違う気がする。
 しかし思い出せないので、記憶の限りで淹れた。
 試し飲みをしてみる。
「あっつ、」
不味くはない。が、
「ありがとうどころか、うまいすら言ってもらわれへん気ぃする」
 ……どうせその程度や。
 部屋へ戻り、真田さんにお茶を出す。
「熱いんで気ぃつけてください」
「うん」
 今回は、反応を待たずにそそくさと自分のデスクへついた。


「はあ……」
 肘をついた手に額を乗せる。多少行儀が悪いが、うるさい人達は先に仮眠についているので問題ない。
 本当は両手で頭を抱え込んでしまいたいところだが、それでは仕事がすすまない。

 テンションが上がらない。
 原因は分かっている。
 真田さんのことを、分かれていなかったからだ。
 お茶を、前のように美味しく淹れられなかったからだ。
 美味しく入れられなくて、目もあわせられなかったからだ。
 真田さんと俺はその程度なのだと、認めてしまったからだ。
 認めて、声に出してしまったからだ。
 バディらしくすら、なれない――
 せめて、バディらしくなりたい。
 本当は、真田さんが自信を持ってバディだといってくれる自分になりたい。
 自信を持って、好きな人の横にいられる自分になりたい。

「あかん……」
 こんな状態では、頑張ることすらできない。
 一人で頑張る真田さんのために頑張る、と。啖呵を切ったのに。
 そうやって、一緒に頑張るのだ、と。決めたのに。
 
 ふいに、頭に何かが乗っかった。驚いて振り返ると、そこには真田さんがいた。
 頭の上の何かは、振り返った瞬間になくなった。
「真田さん?」
「……」
 真田さんは少し驚いた様子で、宙にある自分の右手を見ている。その右手は、行き場を失ったように少しさまよってから、俺の頭に着地した。
 さっき乗っかったのは、この手か。
 ぎこちなく軽く、ぽんぽんとされる。
 そしてようやく真田さんの口から発せられた言葉は、「無理はするな」だった。
 真田さんの右手は、いつまでたっても俺の頭上だ。気恥ずかしくなって、目だけで周囲を確認したが、どうやら他には誰もいないらしい。
「無理、してません」
「本当に?」
「むしろ、もっと頑張らなあかんなぁって」
 言うと、頭上の真田さんの手が横へとずれていって、離れて、また、頭上へ戻ってきた。
「頑張りすぎも良くない」
 真田さんの手は、頭上から横へとずれていって離れて再び頭上へを繰り返す。よくわからないが、頭をなでられている。
 優しい言葉と、なんだか情けない表情で。よくわからないが、なんだか心配されている。
 何だ、この嬉しい状況は――。
「頑張らせてください」
 頑張らないと、追いつけないのに。
 頑張らないと、胸を張って横にいられないのに。
 頑張ることすら、許されないのだろうか。
「真田さんと一緒に、頑張りたいんです」
 何だ、この、情けない状況は――。
「真田さんが、胸を張って俺をバディやと言えるようになりたいんです。だめだめだなんて、他から言われへんようになりたいんです」
「シマ……」
「手を、どけて下さい」
 その温もりは嬉しいけれど。これ以上触れられると、たまらなくなる。
「、ああ。すまない」
 真田さんは、離した右手を、押さえるようにして左手で握った。
 何だ、この切ない状況は――。
「嶋本。今日の出動、俺も恐怖していなかった」
 突然、昼間の質問の答えが、一つ返ってきた。
 質問は二つ。
 俺は恐怖してませんでした。恐怖しとった方が良かったですか。真田さんは恐怖していましたか。
 さて、一つ目の質問の答えは。
「前に二人で船内捜索をしたときも。訓練中も。俺は恐怖していなかった。だから、嶋本には、恐怖していてほしい」
「何ですかそれ。自分勝手ですやん。……意味わかれへん」
「……すまない」
 言って、真田さんは自分のデスクへ戻った。


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