一緒に 11
『恐怖していればいい』が『恐怖していてほしい』になった。
『前に二人で船内捜索をしたときも。訓練中も。俺は恐怖していなかった。だから、嶋本には、恐怖していてほしい』
恐怖しない自分のかわりに恐怖していてほしい。
意味の捉え方がこれで正しいのなら。真田さんは、特救隊員として、潜水士として、致命的だ。恐怖心がないということは、制御が働かないという事。つまり、いつ死んでもおかしくないということ。
これが正しければ。『恐怖していればいい』の意味を問い詰めたとき。真田さんが、考えて考えて、ようやく発した言葉が「話したくない」であったのも、頷ける。
だけど、それならばなぜ、話してくれたのだろう。
「はぁ……」
「どうした。最近ため息が多いな」
あれから、真田さんが話しかけてくる機会が増えた。真田さんこそ、どうしたというのだ。
「気のせいです」
「そうか?」
「そうです」
だから、俺のことなんて気にしないでください。
「本当に?」
「本当に」
構ってもらえるのは嬉しいが、どんどん好きになってしまう。
言えるはずのない想いだ。叶わない恋だ。とっとと忘れてしまいたい。
「ふむ……」
真田さんはその場で何やら考えこむと、少ししてから「ああ、」と口を開いた。何か閃いたらしい。
「飲みに行くか」
「は?」
「二人で」
「はぁ? 分かってるんですか真田さん。俺と二人きりになったりしたら、俺が話すことは一つですよ」
「俺が嶋本から聞きたい事は一つだけじゃない。よし。今日、先に帰ったりするなよ」
「いやいやいや、」
そんな、一歩通行な相手と話をしたって実りはない。行きません、と言おうとしたが、遮られた。
「たまには、先輩ぶらせてくれ」
「……先輩、ぶりたいですか」
「ぶりたい」
「……はぁ」
真田さんは、このため息を自分に都合よく『しゃあなしの了承』と受け取ったらしく、満足げにその場を後にした。
二人で飲めるのは嬉しい。
でも俺は、バディぶりたかった。先輩後輩としてではなく、バディとして飲みに行きたかった。
「お疲れ様」
真田さんがビールを掲げてそう言ったので、俺もビールを掲げて乾杯の代わりの言葉を言った。
「ごちでーす」
きょとんとする真田さんを無視して、ガツンとジョッキを合わせて半分程を飲み干した。
「んー! おごりは美味い!」
その言葉に、真田さんはようやく反応した。
「おごりなのか?」
「ええ、真田さんの」
「……多く出すつもりではいたが……」
「先輩ぶりたいんでしょ。人数おるならまだしも、一人ぐらいやったらそこはビシッとおごらんと!」
「そういうものか」
「そういうもんでしょ」
「……そうだったのか」
なんだかしょんぼりする真田さんを見て、すぐにわかった。これまで全額おごられてきたことがないのだ。それも、
「さては、全額おごりは遠慮して、遠慮突き通して、無理やり金出してきたんでしょう?」
「……なぜわかった」
「うわー! 可愛くない!」
俺が爆笑している間に、真田さんはようやく一口目を飲んだ。
良かった。楽しく話せる。
現場で抱きしめた一件依頼、変に意識してしまって上手く話せなかったから、正直、心配でしょうがなかった。
だけど、よく考えてみれば。あれ以来俺は、真田さんの世界に入れてもらえている気がする。真田さんの中で俺にどんな変化があったのかはわからないが、当初の目的に一歩近付けたのにかわりはない。
目を開かせる。そして、目標たりえる、目的たりえる存在に戻ってもらう。
……なんや。俺、ずっと、真田さんに焦がれとったんか。こりゃあ、諦めるのん、しんどそうや。
その後、枝豆をかわきりに、サラダ、出し巻き、お造り、から揚げ、と料理がどんどん運ばれてきたので、ひとまずは食べる事に専念した。
「真田さん、グラス空いてますやん」
「ああ、食べるのに夢中だった」
「どんだけですか。次何飲みます?」
「何か、焼酎を」
「焼酎はねぇ。えーっと。いいちこ、八重丸、わんこー、黒霧、黒丸、宝山、たんたか、れんと、ゆず小町ー」
「ゆず小町?」
「ゆず小町」
「それにしよう」
「え、まじすか。これほとんどジュースですよ」
「そうなのか」
「まあ、飲みたいんなら飲んだらええと思います。美味いのは美味いし」
「そうか」
「俺何にしよー。……、うわ、マンゴー酒とかある! これにしよう」
「さっき読み上げてくれた中になかったな」
「真田さんが途中で口はさむからです」
言うと、真田さんはしょんぼりした。最近、表情の変化がわかりやすい。面白い。
真田さんの世界に入れてもらえている。それがこんなに楽しくて、穏やかで、心地良いなんて。これを失うくらいなら、恋なんてかなわなくて構わない。
ゆず小町とマンゴー酒はすぐに運ばれてきた。二人してまず匂いをかぐ。
「……ゆずだ」
「あー。ほのかにマンゴーの香りするわ」
そして二人して飲む。
マンゴー酒は、マンゴーの香りが仄かなら、マンゴーの味も仄かだった。だけど、
「ぅーわ。美味い! 飲みやすい! 芋ベースなんかな? いやー。これ、何杯でもいけるわ!」
テンション上がる俺に対して、真田さんは渋い顔だった。
「……ゆずだ」
「っあー、美味い! すごい、喉、つるんって抜けていくわ」
「…………」
真田さんが、うらめしそうにこちらを見る。
「何ですか」
真田さんが、うらめしそうにマンゴー酒に視線を移す。
「あげませんよ」
「……」
「もったいないことしたらあきませんよ。頼むのは、それ飲み干してからです」
言うと、真田さんはちびちびとゆず小町を飲みだした。
「それ、女の子は好きそうな味ですよね」
とりあえずゆず小町にフォローを入れて、俺は料理に箸を伸ばした。
