一緒に 12
その後、俺も真田さんも飲み物はマンゴー酒ロックばかりを頼んだ。ほとんど会話もないまま、ただひたすら食べて飲んで、1時間程で〆のお茶漬けまで平らげた。
まったりと、3杯目のマンゴー酒を飲む。
真田さんも、右手にはマンゴー酒だ。
「最近、仕事で困ってることはないか」
唐突に真面目に話をふられて、一気に現実に引き戻された。そうだった。今日は、聞きたいことがあるからと、飲みに誘われたのだった。
「そうですね。強いてあげるなら、一番わかりあえてなあかん人と、全然わかりあえへんことに困ってますかね」
嫌味たっぷりに言ってみると、真田さんは眉根を寄せた。
「……それはわかっているつもりだ」
そう言う真田さんの唇が、わずかに尖っている。
これは……、すねてんのか? 珍しい。
「それ以外でだ」
「それ以外? ありませんねぇ」
あくまで茶化して答えると、真田さんは一つ深く息をついて、真面目な表情になった。
「では、何を緊張している?」
「……緊張? してへんつもりですけど……」
「呼ぶ度にびくつく。話す度に強ばる」
「そうですか? 気のせいちゃいます?」
「気のせいなんかじゃない」
強い瞳がこちらを覗う。
なんで、そんな。気付かれたくないことに気付くのか。
「ため息も多い。どうしたんだ」
誤魔化さないと。好きだから緊張するだなんて、言えるはずがない。
「……、わけわからん人のせいです。突然先輩ぶってみたり、突然心配してみたり。俺やなくてもびっくりしますわ」
「……俺のことか」
「他に誰がいますか。少なくとも最近までは、ようわからんだけで、わけわからんことはなかったんです。それが、ちょっとわかってきたような気ぃしてきた途端これですわ。あれ? わかれてへんかったんか、ってこと多発してるんです。自信なくしますよ。びくびくもしますわ」
まくし立てて、酒をあおりたいところをぐっとこらえる。酔っ払ってしまったら、諦めなければならない想いを、ボロボロ漏らしてしまいそうだ。もしも言ってしまったら……。そんなの、恐ろしくて考えたくもない。
「わけがわからないか」
「はい」
「そうか」
「はい……」
対して真田さんは、マンゴー酒をゴクリと一口飲み込んだ。
「俺は、わかる。わかってるつもりでいる」
「はあ、」
「シマのことを、誰よりもわかってるつもりでいる」
「はい?」
「シマは、何事にも真摯で自分に厳しい。だから、誰よりも努力を惜しまないが、見栄っ張りだからそれを隠す。見栄を張るのは、小さな体で馬鹿にされないように。馬鹿にされたときに、相手を見返してやることができるように。それが、傍から見たら気が強いように映る」
「……」
「学生の頃も、今も」
驚いた。
誰にも気付かれないようにしてきたつもりの努力が、まさか真田さんに気付かれてるとは思いもしなかった。学生の頃も、今も、見てないようで見ていたなんて。認めてくれているなんて。わかってくれているなんて。
嬉しい――
でも。
「それでも、真田さんは……。俺を、バディとは認めてくれへんやないですか。一緒に潜ったって、俺のすることは、恐怖することなんでしょ」
「それは……。シマを、信頼しているから」
「何ですか、それ。わけわからん」
あかん。
ここで感情的になってしまったら、せっかくの酒が不味くなる。
だけど、話を続ければ、感情的になってしまう。
「すみません。帰ります」
立ち上がりざまに、財布から五千円札を出す。
「今日は俺のおごりだ」
真田さんが言った。
「ええです。すみません。お先失礼します」
「待て」
手首を掴まれ止められた。
こんな時でも、やっぱりこの温もりは嬉しい。
でも、ほだされちゃいけない。
「触らんでください」
言って、軽く振り払えば、真田さんの手は容易く外れた。
「俺も帰る」
真田さんは五千円札とテーブル札を手に取り、立ち上がった。
会話の無いままレジへ向かう。
「お会計、6258円です」
真田さんは五千円札を財布にしまい、一万円札を出した。
そして、おつりの中から俺に2000円をよこす。258円分の割り勘をどうしようかと考えるより先に、店員に「ありがとうございました」と言われた。
「ご馳走さん」
「ご馳走様でした」
店を出ると、真田さんは既に財布をしまっていて、258円の話はできなかった。
この気まずい沈黙のまま駅へ向かうのかと考えると気が重い。
しかし、真田さんがすぐに口を開いた。
「関西では普通なのか?」
「? 何がですか」
「ご馳走様と言って店を出ただろう」
「ああ、そうですね。普通です。別に、飲食店だけやなくて、コンビニやスーパーのレジでも言いますよ。ありがとうって」
「レジでもか」
「はい。ホテルやサウナやと、世話んなったわって言うし……。でも、真田さんも言ったやないですか。ご馳走様」
「それは、シマが言ったから」
「俺が言うたからて、」
またこの男はわけわからんことを。
って、
あれ? 今、真田さん、俺んこと、シマって呼んだ――
特救隊に来てからは、ずっと嶋本と呼ばれていたはずだ。シマだなんて。学生の頃に戻ったようじゃないか。
呼び方ひとつでこんなにも嬉しい。
そして、
「やっぱり、わけわからん」
バディとして、誰よりもわかるようにならなあかんのに。
誰よりも、わかっときたいのに。
「そうか」と答える真田さんは、なんだか嬉しそうな顔をしていて。やっぱりわけがわからなかった。
