一緒に 13

 

 わけわからん。わけわからん。わけわからん。
 わけわからんことだらけや。
 いつの間にか、シマと呼ばれていることも。信頼してるから恐怖していてほしいその理屈も。信頼してもらえてるのにバディと認めてもらえないのも。全部、わけがわからない。
 ただ一つ推察できることは、真田さんの世界に、俺がいるということ。
『お前なら、一人で突っ走ってる事を自覚させられるんじゃないのか』
 黒岩隊長の言葉が、現実味を帯びてきた。
 真田さんの目はこちらを向いた。目を開かせるためには、今を逃してはいけない。叶わない想いに、振り回されている場合じゃない。
 それなのに。
 後日、帰り道で捕まったと思いきや、話は居酒屋での続きだった。
「やっぱりおかしい」
「はい?」
「本当に、俺のことがわからないだけか? それだけで、こんなにも緊張するのか」
 真田さんは、強張った俺の手首をつかんでいる。
 この温もりは嬉しい。でも、この喜びは表に出してはいけない。いつ、ぽろりと気持ちを吐露してしまうかわからないのに、緊張せずにはいられない。
「緊張しますよ。わからへんのですから」
「でも俺は、緊張しない」
「はぁ?」
「嶋本のことがわからなくても、緊張しない」
「ああ、そうですか」
「嶋本。本当に、俺のことがわからないだけか」
「そうですよ」
「嶋本」
 適当に返事をしたら、肩を掴まれ目を覗き込まれた。
 しっかりと目が合ってしまう。
「嶋本」
 そんな目で、声で、呼ばれてしまったら。
 適当なことなんて、言えなくなってしまう。
「俺は、真田さんのことを誰よりもわかっときたいんです。真田さんに、バディやと認めてもらいたいんです」
 そして、真田さんの傍にいたい。でも、好きだと言ってしまったら、それはきっと叶わなくなる。ならばいっそ、気色悪いと避けられずにすむように。
「俺は真田さんを、嫌いになりたいんです……」
「嶋本……」
 真田さんの瞳がわずかに揺らいだ。
 卑怯な目だ。本当はこんなにも好きなのに、嫌いになんてなれるはずがない。そう弁解したくなる。
「手、離してください」
「嫌だ」
「離してください」
「今離したら、避けるだろう」
「避けません」
 一緒にいられるだけで嬉しいのに。真田さんを避けるなんて、できない。
「本当に?」
「本当に」
 すると、肩に置いた手がゆっくりと離された。
「また明日」
 情けない声でそう言われた。
「はい。お先に失礼します」
 俺は、逃げるようにして家路についた。

 翌日から、真田さんはやたらとかまって来るようになった。避けないと言ったのに。
 こんなの。
 嬉しくて、嬉しくて、苦しくて、辛い。
 黒岩隊長に助けを求めるべく視線をやったが、何やら満足そうにうなずかれて終わってしまった。おそらく、バディに良い変化が起きたくらいにしか思っていないに違いない。
「嶋本」
「はい」
「お茶を淹れてほしい」
「……淹れ方教えたやないですか。まさか忘れたとは言わせませんよ」
「ああ、忘れてない。だが、嶋本が淹れる方が美味しい」
「はあ?」
「だから、これからも俺のお茶を淹れてほしい」
「なんですかそれ。俺お茶係ちゃいます」
 言ってそっぽを向けば、横目に真田さんがしょんぼりしたのがわかった。
 ああ、もう。
 俺は部屋を出た。
 戻ると、真田さんは心なしか沈んでいるようだった。
「どうぞ」
 湯のみを置くと、真田さんは目を見開いた。そのままの顔でこちらを向く。
「たかがお茶ひとつで嫌われたかと勘違いされて、今以上に構われても迷惑なんでね」
「そうか」
 真田さんは視線を湯飲みに戻した。大切そうに湯飲みを両手で包む。
「すまない」
 心なしか嬉しそうに聞こえたその言葉に、俺は返事をせずにデスクへ戻った。

 水中での訓練は、当然真田さんと組まされる。
 あらかじめ何をするか決めていても、意思疎通が必要ないわけではない。相手をしっかりと確認してから、確実にサインを出す。確実に返事をする。何かあれば合図を出す。この繰り返し。意識して相手を確実にとらえる分、地上よりも何かキョリが近い気がする。
 作業を終え水面に上がり、右手の指先を頭のてっぺんに当て輪っかを作る。少しまぬけに見えるこのOKサインとともに「OK!」と叫ぶと、先に上がっていた真田さんに小突かれた。
「手際よくできていた」
 真田さんは嬉しそうに言った。
 なんで、真田さんが嬉しそうにするんだ。
「、ありがとうございます」
 俺の成長を、なんであんたが喜ぶ。
「しかし、満足はするな」
「はい」
 全身が震えた気がした。飴も鞭も、こんなに嬉しい。真田さんが嬉しそうにしていることが、何より嬉しい。
 でも、成長は認めて貰えても、バディとは認めて貰えない。嬉しい言葉を貰えても、俺はやっぱりがっかりするのだ。

 訓練を終えて更衣ロッカーへ。
 最近真田さんは、ジンクスのようにポンポンと俺を叩いていく。場所は決まって、頭か肩だ。どちらをポンポンとされるのかは、なんとなく察しがついた。
 今日は頭。
「お疲れ」
 すれ違いざま、真田さんがそう言ってポンポンと叩いたのは、やはり、頭だった。
 訓練を見事成功させた日は頭を叩かれる。失敗した日は肩。叱咤激励のつもりなのか。どちらにせよ、嬉しいからやめてほしい。
 訓練中や本番では平気だが、そうでない時は、触れられた場所から熱くなる。もっと触って欲しくなる。
 かと言って、嬉しいから振り払う事もできない。

 どんどんどんどん好きになる。
 どんどんどんどん苦しくなる。

 真田さんを嫌いになんて、到底なれそうもない。


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