一緒に 14
夏の潜水訓練というものは、やっぱり嬉しい。苦しいけれど、暑くない。
午前の訓練が始まって1時間。これからさらに苦しくなると気合を入れなおした所で、黒岩隊長が防基勤務の保安官に何やら呼ばれた。
ドアの辺りで細々と話す。声は聞こえてこない。
余程の緊急事態だろうかと様子を覗っていると、こちらに向き直った黒岩隊長から出た言葉は「訓練中止」だった。さらに、「至急羽田に移動」とも。
慌てて片付けと着替えを済ませる。黒岩隊長があまりに険しい表情をしているので、誰一人何が起こっているのか聞けなかった。
黒岩隊長が口を開いたのは、羽田へ向かうバンの中だった。
「トルコで大地震が起こった。多くの建物が倒壊しているらしい」
「トルコ、まだ夜中ですよね」とは真田さんが言った。
背筋が凍った。
寝ているところへ突然の大地震だ。逃げ遅れた人が大勢いるに違いない。
「国緊隊が結成されるだろう」
国緊隊に黒岩隊長が選ばれたら、その間隊長を務めるのは副隊長である真田さんだ。
「はい」
緊張をはらんだ真田さんの声を、初めて聞いた気がした。
羽田基地には、既に多くの隊員が集まり始めていた。
ニュースを見るも、アナウンサーが原稿を読み上げるだけで現地の様子はさっぱりわからない。ただひたすら、「マグニチュード7.6」と、「30秒以上もゆれ続け、多くの家屋が倒壊した」とだけ繰り返された。
しばらくして新たに入ってきた情報は、精油所や軍、兵器廠の火災だった。台所の使われない時間帯だけに、大きな火災はないだろうと予想していたが、とんでもないことだった。
被害は甚大だった。
ようやく発表された国緊隊人命救助部隊の内訳は、消防25名、海保3名、他9名だった。阪神大震災を乗り越えた日本が送り出す、精鋭37名。
だけど、たったの37名。海保は、その中のさらにたったの3名。
緊急の基地長・隊長会議を終え、基地長が言った。
「五管機救隊から1名、特救隊から2名、国際緊急援助隊として派遣する。うちからは、南部、真田」
真田さんの名前に皆驚いてざわついた。異を唱える者はいなかったが、その様子に黒岩隊長が付け足した。
「真田には抜きん出た実績と伸びしろがある。向こうでもきっと役に立ってくれるだろう」
実績を出されてしまっては、何も言えない。たまたまかもしれないにしろ、真田さんにはこれまで救えなかった要救助者はいないのだ。
でも、それでも。
まだ、ひっかかることがある。
派遣される二人を除いた通常業務が再開されると、俺はすぐさま黒岩隊長に聞いた。
「大丈夫なんですか、真田さんで」
何が大丈夫なのか言葉が抜けたが、黒岩隊長は正しく汲み取ってくれた。
「ああ? 大丈夫だろう。実力もあるし」
「でも、隊長言ってたやないですか。あいつはどっか違うところにおるって。そんな人を、寄せ集めの隊に突っ込んで大丈夫なんですか」
この言葉を、黒岩隊長はガハハと笑い飛ばした。
「いつの話してんだ。今は大丈夫じゃねぇか」
「は?」
「なんだお前、気付いてなかったのか。あいつは今周りと歩みを揃えられてるよ」
「嘘ん!」
「嘘なもんか。嘘だったら国緊隊に選ばれてない」
「えぇ〜……」
「まあ、お前ひたすら我武者羅だったからなぁ、気付けなかったか。一回ゆったりしてみろよ」
「ゆったり、て」
ゆっくりという言葉を使わない黒岩隊長になんだか気が抜けて、肩の力まで抜けた。
気も力も抜けた状態でぼんやりと眺める羽田基地は、通常業務に戻ったとは言え二人分の穴を埋めるために少しせわしない。真田さんは南部さんと何やら険しい顔で話をしているが、
ああ、
うん。
ちゃんと、地に足着いてる。
ちゃんと、羽田基地で特救隊員の一人として働いている。
ちゃんと、海保代表、日本代表として頼もしく見える。
ちゃんと、皆の世界にいる。
「なんや、もう大丈夫やったんか」
「そうだ。だから、お前も自分の仕事しろ」
黒岩隊長はそう言うと、俺の背中をバシバシと叩いて追いやった。
俺の仕事って何なんやろ。
真田さんが皆と同じ世界に来ても、俺がその世界にいる気がしない。だって、大丈夫になってるのに、真田さんは未だに俺をバディと認めてくれていない。
いつ、大丈夫になったんやろ。
俺が頑張ってるつもりでおったことは、役に立っとったんやろか。
翌日、国緊隊がトルコへと飛び立った。
見送りに行った成田空港で、黒岩隊長が呟いた。
「お前のおかげで、真田は今あそこにいる」
「当然です」
強がった。嬉しい言葉ではあったが、同時にたまらなく情けなくなった。
どうしたら真田さんは、俺をバディと認めてくれるのだろう。俺には何が足りないんだろう。
真田さんはきっとトルコで一回りも二回りも成長して帰ってくる。今認めてもらえていないのに、そんな真田さんに認めてもらうなんて、到底無理だ。
そして、無理だと思う自分に嫌気が差した。
真田さんを嫌いになる前に、自分を嫌いになりそうだ。
こんな自分、万が一にも好きになってもらえることなどないだろう。
