一緒に 9
真田さんに掴みかかった一件の後、俺と真田さんは二ヶ月近くろくに出動させてもらえなかった。黒岩隊長としては、俺と真田さんがきちんと話をするまで出動させたくないようだったが、要請内容によっては、そんなことも言ってられない。
単純に人手が多い方が良いこともあれば、真田さんの技術が必要なことおもあったし、……。不本意ではあるが、俺でなくては入れない箇所もあった。
ただ一つ徹底されていたのは、俺と真田さんでバディを組まない、と言うこと。
今日もそうだ。と言うより今日は、珍しく真田さんが留守番だ。さらに珍しい事に、バディが、黒岩隊長だった。
隊長は指揮を執るため、基本的に現場の仕事を自ら行うことをしない。それが、沈没船の船内捜索を、新人とバディを組んで行った。
図りかねとるんやろうなぁ。
そう、他人事のように思った。俺と真田さんが今どういう状況にあるのか。黒岩隊長は図りかねているに違いない。
本人がようわかってへんのに、他人にわかるんか? ……いや、本人じゃないから見えるんか。
「静かだな」
帰りのヘリで、黒岩隊長が唐突に、そして静かに、言った。
確かに、特別騒がしくもない。静かと言えば静かだ。
「嶋本」
この、呼ぶ声。
黒岩隊長から、いつもの豪快さが消えている。
「説明はいらんのか」
「はい?」
「俺の出した指示。意図までわかったか。わからないことはなかったか」
「はい。わからなければ聞きます」
「そうだな、お前はそういう奴だ」
「……はぁ」
「じゃあ、説明してみろ」
黒岩隊長は静かに、淡々と言った。本当にわかっているのか、どうせわかっていないんじゃないか。そんな気配を微塵も感じさせない言い方だった。
俺は、現場の状況・船が沈没するに至る経緯・船内の状況を思い出しながら、慎重に言葉を紡いだ。
黒岩隊長はと言えば、俺の言葉を、腕を組み目を閉じ聞いていた。黒岩隊長も、思い出しながら聞いていたのだろう。
俺の説明が終わると、黒岩隊長はフンと一つ息をついて目を開けた。
この次の海難から、俺と真田さんはバディ復活となった。
二人飛び込んだ海の中はやけに静かで、時の流れをゆるやかに感じた。
沈没船を目の前にして、前を行く真田さんがこちらを向いた。手のひらをこちらに向ける。「止まれ」のサインだ。潜る前に計画は立ててある。何事だろう。しかし真田さんは次のサインを出してこない。ただ向かい合うだけの状態が何秒か続いた。先を急ぐ様子を見せない真田さんに、俺はなんだか力が抜けた。
こんな風に目ぇ合わすのも、久々やなぁ。
そう思ったところで、真田さんの目が僅かに細められた。ような気がした。
そして、真田さんは拳を突き出してきた。これは、サインじゃない。自分の拳を突き合わせると、真田さんは満足そうに一つ頷いて、GOサインを出してきた。
救助者は、瓦礫の中から見つかった。真田さんは救助者を祈るように抱きしめた。
真田さんは今、どんな気持ちでいるのだろう。
エアーには余裕がある。
海は静かだ。
大丈夫。
そっと、真田さんごと抱きしめた。
なんて、神聖な時間だろう。そう思った。
* * * * *
あああ、俺は、なんてことを!
いくら、安全確認しとったからって、あんな……。
あんな……! 現場で、抱きしめるとか!!
アホか! いや、アホや!
あ〜、今んなってドキドキしてきた!!
「機内で大人しかったと思ったら、何事だ」
ソファでのた打ち回る俺に声をかけてきたのは黒岩隊長だ。良かった、真田さんじゃなくて。
「救助方法とは別件なんで放っといてください」
「放っておきたいのは山々だが、そう暴れられたら目障りだ」
確かに、一理ある。しかし、これはのたうち回らずにはいられない。のた打ち回らずにいたら、多分、発狂する。どうしようか。
「ほな、ひとまず外出てます」
むくりと起き上がり外へ向かう。皆の視線を痛い程感じる。誰とも目を合わせないよう、俯いて歩く。感じる視線の中に、真田さんのものは混ざっているのだろうか。ちらりとうかがってみたが、真田さんはこちらを見ていなかった。ほっとしたが、同時に少し残念に思った。
外に出て、膝を抱えて座り、顔を埋めた。
真田さんは、
遺体を収容するたびに、あんな風に心を痛めるのだろうか。
今回の出動は、遺体の収容だと初めからわかっていたのに。それでも、発見した救助者を祈るように抱きしめた。
それとも、わかっていたからだろうか。要救助者を救えなかったことのない真田さんだ。自分が早い段階で出動していれば、と。悔いていたのだろうか。
どちらにせよ、真摯すぎる。
「だるまか」
頭上から降ってきた声は、真田さんのものだ。顔を膝に埋めたまま答える。
「だるまて」
「ゆらゆらしているから」
「ゆらゆら……。そうですね。ゆらゆらもします」
俺の心は今、あなたへとゆらめいています。
「皆が気にしている」
落ち着いたなら早く中へ入れ。その言葉が丸ごと省略されたのを良いことに、俺は口を開いた。
「俺今日、恐怖、してませんでした」
「……」
「恐怖、しとった方が良かったですか?」
「……」
「真田さんは、恐怖、してましたか?」
「……」
質問に対するだんまりは、『答えたくない』だ。
「何周か走ります」
無理やりにでもふりきらないと、俺の心はゆらめきを通り越して傾ききってしまいそうだった。
