一緒に 16

 

 翌日の訓練は最悪だった。よりにもよって潜水訓練で、途方に暮れるくらい息が合わなかった。あきれ返るくらい時間をロスした。
 それもこれも俺のせいだ。真田さんを見られない。目を合わすなんてできない。だって、気色悪い思いをさせるのは忍びない。俺は、水中でひたすら作業に没頭した。
 言葉に頼る事のできない場所で、意思疎通を拒否してしまったようなものだ。
 これが現場だったら。俺は、要救助者や真田さんの命を危険にさらしたも同然だ。
 俺は、水面に顔を出すなり謝った。「すみません」しかしこの声は黒岩隊長の怒号に掻き消された。
「二人して何やってんだ! 真田! お前がリードしてやらんでどうする!!」
「はい!」
「嶋本! お前はバディを何だと思ってんだ!! 全員で死ぬ気か!!」
「いいえ!」
「死ぬつもりがないなら集中しろ! 何一つ見逃すな! 現場や要救助者のことだけじゃない! バディのこともだ!! いいな!」
「はい!」
「上がれ! 上がったら、向こうで二人で反省会だ」
 そう言って黒岩隊長の指さした先は休憩スペースだった。じっくり話せということだろうか。勘弁して欲しい。二人きりになんてなりたくないのに。真田さんを、俺と二人きりになんてさせたくないのに。
 プールから上がってボンベを下ろすと、先に上がったはずの真田さんがそこにいた。目が合ってしまって、慌てて逸らす。
「行くぞ」
「はい……」
 先に行っておけばいいものを。
 なんでこんな時ばかり待つ。
 休憩スペースまでのわずかな距離を真田さんについて歩く。後ろは目が合わないからいい。多少見ても許されるだろう。水がしたたる真田さんの後姿はひどく新鮮で、もしかしたら、初めて見たかもしれない。
 真田さんが腰掛けた正面に腰掛ける。そして、すぐに頭を下げた。
「すみません」
「いや。俺も、すまない」
 その声に顔を上げるも、やっぱり真田さんの目を見られない。俺は視線を真田さんの鼻に固定した。
「嶋本」
「はい」
「嶋本」
「はい」
「嶋本」
「……はい」
「そんなに徹底的でなくてはいけないのか」
「何がですか」
「俺を嫌いになる為には、目も合わせられないか」
 目を合わせたら、目が合ってしまったら、気色悪い思いをさせるかもしれないのに、目を合わせるなんてできない。それに、俺はこれまで何度その目にほだされてきたかわからない。俺はきっと、目が合ったら合った分だけ、どんどん心惹かれていってしまう。
 嫌いになると言ったのに。
 後ろめたくなって、俺は視線を真田さんからそらした。
「今回のはやりすぎました。やってはいけない事でした。訓練や現場では二度と今回のようにはしません。すみません」
 俺はもう一度頭を下げた。
「いや、それは俺が力ずくでもこちらを向かせるべきだった。だから、顔を上げてくれ」
 俺は頭を上げなかった。頭を下げたまま、首を横にふった。
「嶋本」
 困惑の色が混じる声で呼ばれた。
「嶋本」
「……」
「嶋本、」
 返事をせずにいたら、真田さんの声が僅かに曇った。そしてそのままの声で続きが発せられた。
「やっぱり俺は、嶋本ときちんとバディになりたい」
 その言葉に、思わず顔を上げてしまった。目が合ってしまった。すかさず捕らえられてしまって、そらせない。
「シマ、嫌いになりたいだなんて考えないで欲しい」
 嫌いになりたいと伝えたときからやめられた呼び方をされた。
 どういうつもりだ。
「俺の気持ち分かってんでしょ。何言ってんですか」
「二人で一緒に頑張りたい」
「は?」
「シマは、今までずっと俺のために頑張ってきてくれた。次は、俺がシマのために頑張るから」
「だから、何言ってんですか。期待させるようなこと言わんでください」
「じゃあどう言えばいい。どうすればいい。どうすればきちんとバディになれる」
「だからそれは……!! 俺が、真田さんを嫌いになってからや言うてるやないですか」
 真田さんの目が揺らいだ隙に目を逸らす。
「同性の奴が自分に欲情してるなんてわかったら、きしょいでしょ」
「……」
「ほら、返事せえへんのがいい証拠ですわ。だから俺は、」
「その気遣いはいらない。だから、嫌いにならなくていい」
 堂々巡りだ。俺はひとつため息をついた。
「もうええです。戻りましょう」
 ベンチから立ち上がり戻ろうとしたが、真田さんに手を掴まれ止められた。
「まだ話は終わってない」
「こんな話、いくらしても終わらへんでしょ」
「だが……」
 言葉とは裏腹に、掴む手に力が入る。
 真田さんが、自分のことでこんなに情けなくなるなんて。
 ああ、もう。
 どんなことでも、真田さんの言動ならば一つ一つがこんなにも嬉しい。
 こんなにも愛しい。
「ああ、いいこと思いついた」
 思いがけず優しい声が出た。真田さんが迷子のような目でこちらを見る。
「俺、もう真田さんを嫌いになりたいなんて言いません」
 真田さんの表情がわずかに明るくなった。
 俺は笑顔でこう続けた。「だから、真田さんが俺を嫌いになってください」
 そして俺は手を振りほどいた。すぐに行こうとしたが、次は肩を掴まれた。
「シマ、」
 呼ぶも、真田さんは言葉を探しているようだった。ただ、その瞳から、「それはできない」と読み取れる。
 俺はプール側をちらりと確認した。皆からはちょうど死角の位置だ。俺は、真田さんの胸ぐらを掴むと一気に引き寄せた。唇が触れる。その直前に、真田さんに突き放された。
 ほら。思わせぶりな言葉をくれても、やっぱりあんたは拒絶するじゃないか。
 それなのに。
 なんでそんな。傷ついたみたいな顔をする。なんで、軽蔑してくれない。
 受け入れられないなら拒絶してくれ。拒絶するなら徹底的に拒絶してくれ。
 中途半端は、一番しんどい。
 俺は指折り数えながらけろりと言い放った。
「俺が嫌いになるんはあかんねやろー。真田さんが嫌いになるんもあかんねやろー。あとは真田さんが好きんなってくれるしかないやん。やから俺、てっきり好きになってくれるんかと思た」
「それでも俺は、シマを嫌いにはなれない。嫌いになりたくないし、嫌われたくない。お願いだから、嫌われようとなんて二度としないでくれ」
「ああ、ばれました?」
 まったくとんだ我侭だ。真田さんも、俺も。
「真田さん。俺のために頑張る言うてくれましたね」
「言った」
 即答された。撤回するなら今なのに。真田さんは撤回する様子を見せない。
 ならばせいぜい、俺のために頑張ってもらおう。
「俺、何も真田さんを人として嫌いになるとは言うてないです。恋愛感情なくしたいだけなんです。だから、それまでうまくいかん事もあるやろうけど、辛抱してくれませんか」
 言うと、真田さんはひとつため息をついた。
「……努力する」
 真田さんから出てきた言葉は、やっぱり我侭だった。


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