一緒に 18

 

 結局朝になっても体調は芳しくなく、頭痛までするようになり悪化しているということで、俺は真田さんに護送される羽目になった。キーケースを奪われ、車の運転席を奪われ、病院に連れられ、官舎に着いてもキーケースは返却されず。ご丁寧に、部屋のベッドまで付き添われた。
「あの、いつまでおるんですか」
「治るまでだ」
「いや、そこまで心配してもらわんでも」
「……今帰ったらお前、これからも避け続けるだろう」
「……」
「だから、治って話をするまで帰らない」
 真田さんが頑固なのはいい加減わかっている。俺は早々に諦めた。
「色々、適当にやってくれていいんで。おやすみなさい」
 言って布団に潜ると、「おやすみ」と優しい声が振ってきた。どんな顔でそんな声を出したんだろう。
 見えなくて良かった。
 いや、見といたら良かった。


 ふと目が覚めて時計を確認すると、昼の2時を回っていた。そろりとベッドから抜け出しそろりとドアを開けると、真田さんは座布団を枕にして眠っていた。適当にやってくれなどと言った数時間前の自分にあきれ返る。当直明けなのだ。真田さんだって睡眠をとるに決まっている。
 来客用の布団なんてものはないので、自分のベッドから毛布だけ持ってくる。
 かけようとしたところで、真田さんが起きてしまった。
「すみません。起こしてしまいましたか」
「俺のことはいい」
 真田さんの手が俺の額へ伸びてくる。
「大分下がったな。だが、まだ熱い」
「もう一眠りします。その前に、敷布団持ってきます」
「俺のことはいい」
「あきません。いくら畳言うたかて、硬いでしょ。それでどんだけ疲れが取れます?」
 言うと、真田さんはしぶしぶ立ち上がった。「自分で運ぶ」
 そして速やかに布団を運ぶと、視線を俺へと移した。
「あー、はい、寝ます寝ます」
 ベッドに入ると、ようやく真田さんの視線から開放された。
 しかし真田さんがうちにいるというのも変なものだ。静かな分だけ気配が増して、見ていなくても真田さんの動きが手に取るようにわかる。真田さんは、何やら少々携帯電話を操作してから布団に入った。そしてひとつ息をついて、眠りについた。
 遠足や運動会の朝を思い出す。毎回なぜか早くに目が覚めて、布団の中でごろごろしていると、お弁当を準備する母親の気配を強く感じた。皆を起こしてしまわないよう気遣って、静かに慎重にだけどせわしなく動き回る母親の気配を感じるのが、なんだか妙に好きだった。
 懐かしい気分で眠りにつくと、夢まで懐かしいものだった。
 小学生の俺は、風邪も二日目となると、前日にひたすら寝た分寝られないし大分回復しているしで、遊びたくてしょうがなかった。しかしそれを見越した母親が、食事の後監視がてら添い寝をするのだ。鼓動くらいのはやさで、おなかの辺りをポンポンとされる。それがなんだか妙に恥ずかしくて、だけど嬉しかった。仕方なく大人しくしていると、いつの間にか眠りに落ちていた。
 額にひんやりしたものが乗っかって目が覚めた。
 真田さんが看病してくれていた。
 過保護。
 真田さんが眉根を寄せた。
「あ、心の声漏れた?」
 聞けば、真田さんはひとつため息をついた。
「過保護か、俺は」
「大の大人相手に、ようここまで心配できますね」
「心配はそんなにしてない。看病はついでだ」
「さいですか」
「具合は?」
 言いながら、体温計を差し出された。体温計をわきにはさみ、答える。
「……腹ペコです」
 真田さんは再び眉根を寄せた。答えがずれていることはわかっている。しかし、真っ先に気になったのだから仕方ない。
「頭痛はもうありません。しんどさもない、かな?」
 言いながら起き上がろうとする。わきに挟んだ体温計が落ちないようもたついていると、真田さんの手が伸びてきた。介護はいらない。ぺしんと払いのける。
「よい、しょ。……あー、体重い」
「大丈夫なのか?」
「ただの寝すぎでしょう」
 ピピピピ、ピピピピ。体温計がなった。7度3分。
 真田さんに体温計を渡す。体温計を見る真田さんの表情は、いまいち読めない。
「お粥でも作ろう」
 真田さんが立ち上がった。
「ありがとうございます」
 手伝えない程体力が回復していないわけではないが、大人しくしておくことにした。再びベッドに横になる。
 20分程待つと、「できたぞ」と呼ばれた。
 食卓には、お粥に卵焼き、アジの塩焼き、それから野菜炒めが並んでいた。
「わあ、思ったより豪勢や」
「そうか」
「いただきます」
「いただきます」
 しばらく黙々と食べ続けていたが、会話が無い状況がどうも気まずいので、聞いてしまうことにした。
「話って、何です?」
「話?」
「話するまで帰らへんのでしょ」
「ああ、それか……」
 真田さんは、残り少ない野菜炒めを一ヶ所に集める。次の言葉がなかなか出てこない。
 少し待つと、「実は、」と言ってまた沈黙した。
 全く予想していない出だしだった。話をしよう、と言われたあのタイミングからして、俺の気持ちに関する話だと思い込んでいたが、どうやらそうではないらしい。
「実は?」
「……お前を仮眠室に連れて行った後、黒岩隊長に叱られた」
「は?」
「バディ一人面倒見きらんのか、と」
 この言葉に、真田さんがなぜ言葉につまったのかが分かった。
 黒岩隊長が、避けている俺ではなく、わざわざ避けられている真田さんを叱ったところを見ると、黒岩隊長は、真田さんを副隊長として叱ったのだ。
 つまり真田さんは、俺のせいで黒岩隊長からの評価が下がっている。
 それを悟られないようにするには、どう話すのが良いか。真田さんはそれをまだ考え付いていなかったのだろう。
「すみません。俺が不甲斐ないばっかりに」
「いや、そうじゃない」
「そうです。俺が、きちんと切り替えられんかったから」
「……だが、俺のせいで切り替えられなかったんだろう?」
「自覚あるんですか?」
「……」
「ほら、無自覚やないですか」
 真田さんは優しい。嘘もつけない。
 こんなに良い人に、これ以上損をさせてはいけない。
「すみませんでした」
 頭を下げる。
「明日から……。今から、もう、避けません。真田さんを困らせません」
 言うと、真田さんの情けない声が振ってきた。
「じゃあ、顔を上げてくれるか……?」
 言ったそばから困らせてしまっていたらしい。なんだかこみ上げてきて、俺は笑いながら顔を上げた。
 目があった真田さんは、ほっとした様子で微笑んだ。


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