一緒に 20

 

 目が覚めると病院にいた。
 少し待つと黒岩隊長が来て、見守られながら診察を受けることになった。
 いくつかの質問のあと、「なぜ病院にいるのか、わかりますか?」そう聞かれた。
「救助の後、ヘリに戻ってからの記憶がありません」
「救助の際のことを、思い出せますか?」
「……ヘリからダイブしようと海面を確認した後、突風に煽られて落下しました」
 黒岩隊長は黙って聞いている。
「背中から落下して、海面と、海中の岩場に体をたたきつけられました。……でも、要救助者が動揺していないかそればかりが心配で、俺は、すぐに要救助者のもとへ向かいました」
 この言葉に、黒岩隊長はひとつ頷いた。
「俺に続いて、ガイドロープを頼りに、真田さんがヘリから降りてきました。要救助者は、ヘリから落下した俺では心配だったようなので、真田さんにまかせて先に上がってもらいました」
 そうだ……
 真田さんは、どうしているんだろう。
「二人を見届けて、次に、俺が戻ろうとしたら……」
 真田さんは、あの短い時間で、俺が無意識に無理をしていることを見抜いた。だから、
「……俺は、ストレッチャーで吊り上げられました」
 情けない。
 救助に行ったのに、救助された。
 一番心配かけたくない人に、心配かけている。
 情けなくて、顔を上げられずにいると、黒岩隊長に静かに呼ばれた。
「嶋本」
「……はい」
「お前は、自力で上がってきた」
「……はい?」
「要救助者を吊り上げたのは、真田じゃない」
「……え?」
 この様子を見て、医者は「やはり、」と口を開いた。
「記憶が混乱しているようですね。事が事ですし、精密検査と、精神科の先生にも診てもらいましょう」
 あかん――
「え、それは、大げさじゃないですかね?」
「お前はヘリから落下して海面に叩きつけられたんだ。大げさなもんか」
 黒岩隊長が言った。
「……それは、わかってます。精密検査は受けます。でも、精神科は……」
 あかん。
 俺に、バディに何かあったら、真田さんが……
「精神科は念のためです。なんせ、仕事内容が特殊なのでね」
 医者はそう言うと、黒岩隊長と共にその場を離れようとした。
「待ってください!」
 慌ててその背中に叫ぶ。
「このこと、真田さんには……。他の人には、話さないでください」
 その言葉に、二人は目配せだけをして、何も答えずに出て行った。

 結局俺は3日後に退院した。
 精密検査で異常は見つからなかった。
 精神科の先生とは二度話をした。穏やかな表情と声と話し方の先生で、なるほどこの人にならば心のうちを話してもいいと思う人が多いだろうと思った。しかし聞かれたことは、今回のことと仕事内容のことだけだった。
「大丈夫ですよ。退院して体の痛みが取れたら、すぐ復帰できます。無理だけしないでくださいね」
 そう笑顔で送り出された。
 復帰初日は訓練日。基地に着くなり、皆に「大丈夫か」と声をかけられた。
「わあ、心配してくれるんですかー? 見舞いには来てくれんかったのにー」
 嫌味を言うと決まって小突かれた。
 実は、目覚めた当日に黒岩隊長が来てから、誰も見舞いに来なかった。流石に真田さんは来るだろうと思っていたら、真田さんも来なかった。
 正直、少しショックだ。
 などと考えていたら、当の真田さんが来た。
「おはよう」
「あ、おはようございます」
 動揺を隠しきれなかった。しかし真田さんは気付かなかったのか気にしていないのか、続けて話してきた。
「鞭打ちだけで済んでよかった」
「はい。ご心配おかけしてすみませんでした」
「嶋本が謝る事は無い。……今日は訓練だから、無理しないように」
「大丈夫です。もうどこも痛くありませんから」
 しかし、訓練が始まる前、準備体操の段階で体が悲鳴をあげた。左手を上げたら、鎖骨の下辺りが傷む。
 でも、これくらい我慢できる。大丈夫。
 そして、誰にも見咎められることなく体操を終えることができた。このまま一日終えることができるだろうと確信したのもつかの間、ストレッチですぐに真田さんに気付かれた。
 ストレッチはバディで行う。相手の体に触れている。一年近くにもなると、容易く異変に気付けるらしい。
 前屈する背中を押す手がそっと離れた。
「どこが痛む?」
 真田さんは痛むと決め付けて聞いてきた。
「痛むんだろう。どこだ」
「……平気です」
「いつもと違う箇所に力が入っているのは、我慢しているからだろう」
「……平気です。我慢できます」
「無理するなと言ったはずだ」
「無理はしてません」
 引かない俺に、真田さんはひとつ息をつくと、静かに言った。
「また入院したいのか?」
「……」
「そんな体で訓練に参加して、事故を起こしたいのかと聞いている」
 静かだけど、ひどく怒気をはらんだ声だった。
 安全の確保は第一事項だ。
 恥ずかしく情けなくなって、俺はうなだれて「すみません」としか言えなかった。
 結局、一日黒岩隊長のサポートにまわった。訓練自体には参加できなかったが、思いのほか学ぶ事が多かった。
 帰り際、黒岩隊長が「快気祝いするぞ」と騒ぎ出し、皆居酒屋へ強制連行された。

 


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