一緒に 21
快気祝いは、いつの間にか酔っ払って寝こけていた。起こされた時には皆帰り支度をしていて、慌てて立ち上がったら猛烈な吐き気に襲われた。口元を押さえて「吐く」と言うと、速やかにトイレへ案内されて事なきを得た。
「ほら、水」
トイレから出るなり水をよこしてきたのは、真田さんだった。
「あ、すいません」
「大分飲まされたからな」
「1日で酒嫌いになるか思いました」
それ程飲まされた。
「期待されているんだ」
「ええー。そりゃ、珍しく褒められたりしましたけど、飲ませたいからでしょ」
「照れ隠しだ」
「は?」
「照れ隠しに飲ませていたんだ。わからなかったか?」
「……嫌がらせだとばかり」
だって、お褒めの言葉が出てきたのは、酒を拒否するようになってからだった。
なんやねん、それ。
そんなん、わからへんわ。
「ところで、その、俺に期待してくれてる人たちの姿が見えないどころか、声も聞こえませんが」
「ああ、先に帰った。終電があるから」
「終電!?」
慌ててケータイをチェックする。
「うわ、あと2分で出る。諦めるしかないかー。……真田さんは?」
「10分後だ」
「え、ほな出ましょう!」
「大丈夫か」
「酔いなら冷め切りました」
店を出て、駅へ向かう。会話もなく黙々と歩いていると、真田さんが口を開いた。
「うちに来るか?」
「え?」
何を考えているのだ、この人は。
いや、何も考えていないのか。
「いいんですか? 襲われるかもしれませんよ?」
「うん」
真田さんは楽しそうに笑った。
「まあ、いっか。お邪魔します」
「うん」
真田さんは満足そうな声を出した。
それからはまた会話が途切れた。
コンビニに寄って、パンツだけ買った。歯ブラシも買おうとしたら、ストックがあるからと制された。
まるで付き合いたてのような錯覚に陥ると同時に、胸が苦しくなる。どうせ真田さんは、期待させておいて拒絶する。
期待するからいけない。無になろう。期待などしないように。
距離をとろう。手が触れられない確実な距離を。
「適当に座っててくれ」
真田さんはそう言うと、キッチンへ消えた。
俺は部屋の隅に腰かけた。
2度目の部屋を改めて見回す。初めて来た時は真田さんの憔悴ぶりに気を取られてそれどころじゃなかった。
真田さんは、水の入ったグラスを手に現れた。部屋の隅にいる俺に気付くと、目を見開いて、そして次の瞬間には楽しそうに微笑んだ。
「ソファーに座れば良いのに」
「隅っこが好きなんです」
「そうか。水を置いておく」
真田さんは、ソファーの前のローテーブルに水を置くと、隣の部屋へ消えた。
俺は読み取れる真田さんの意思を無視して、グラスを取ると部屋の隅へ戻った。
隣の部屋から出てきた真田さんは、わずかに眉根を寄せたが何も言わなかった。テーブルに着替えとタオルが置かれる。真田さんはそのままソファーに腰掛けた。
「風呂、10分くらいでお湯がたまる」
「はい。ありがとうございます」
「……明日は、何時に起きる?」
「あー、そうか。明日非番ですね」
「予定はないのか?」
「はい」
「そうか。何時でも良いな」
「はい」
「勝手に帰るなよ」
「……はい」
沈黙が生じた。
少しすると、真田さんが立ち上がった。どこに行くのかと思えば、俺の隣に腰掛けた。
「襲われたいんですか?」
「いや。……話すには、遠いから」
やはり俺は相手にされていないのだろう。
「あー、俺、先に歯ぁ磨いときます」
言って立ち上がると、「嶋本、」と呼ばれた。
「避けないと言った」
「え〜、避けてませんやん」
俺は振り返らずに、努めて明るく言った。
着替えとタオル、買ってきたパンツを手に取ると、再び真田さんの声が聞こえてきた。
「歯ブラシ、洗面台の下の開きに入っている」
「了解です。ありがとうございます」
俺はやっぱり、振り返らずに言った。
期待させておいて拒絶するのが真田さんだ。
俺はもう、振り回されない。
振り回されるのは、まっぴらだ。
