一緒に 22

 

 翌朝、近くでそわそわと動く気配に目が覚めた。真田さんが布団をたたんだところだった。
「あー、おはようございます」
 毛布にくるまったままであいさつをすると、「寝てて良い」と返ってきた。
「朝飯が出来たら起こす」
「何から何まですみません」
 言うと、真田さんは俺の頭にくしゃりと触れて部屋を出た。
 振り回されない、と気を引き締めたところで、ふいに触れられるとやはり動揺する。俺は毛布を頭までかぶって、これで最後と言い訳をして、真田さんの匂いに包まれた。

 視界が明るくなって覚醒した。いつの間にか熟睡していたらしい。体を起こすと、カーテンの隙間から陽の光が差し込んでいることが確認できた。
 どれくらい寝ていたのだろうか。時計を見るも、最初に目覚めた際に時間を確認していなかったのでわからない。とりあえず着替えて部屋を出てみたが、そこには真田さんの姿も、朝食も無い。仕方が無いのでトイレを拝借して顔を洗って戻ってきたら、見つけた。ベランダに、真田さんのしゃがんだ後姿があった。
 ドアを開けると、真田さんはこちらを見上げて言った。
「起きたか」
「起こしてくれるんじゃなかったんですか」
 俺はドアの所に立ったまま聞いた。真田さんは前を向いた。
「ああ……気持ち良さそうに寝ていたから」
「……珍しいですね、煙草」
「うん。……そうだな」
 真田さんは、フー……、とゆっくり煙を吐き出すと、手に持っていた灰皿で煙草をもみ消した。よっこいしょ、とでも聞こえてきそうなゆったりした動作で真田さんは立ち上がる。中に入るのだろう。俺はドアから離れて、ぎりぎり手が届かないであろう距離を取った。
「食欲、あまりないだろう」
 聞かれて、自覚する。
「言われてみれば、胃もたれが」
「良かった」
「は?」
「いや、すまん。お茶漬けしか用意してなかったから」
「ああ、充分です。ありがとうございます」
 真田さんがキッチンへ引っ込むのを見届けて、少し考えた挙句に、テーブルを挟んだソファーの正面に腰掛けた。食事を部屋の隅でいただくのは、流石に失礼だ。かと言ってソファーに座るのは気が引けた。昨夜真田さんが座っていたあの位置、きっと定位置に違いない。
 2分ほど待つと、お盆を手に真田さんが現れた。真田さんは、とりあえず部屋の隅にいない俺に安堵した様子で、だけどやっぱり「ソファーに座れば良いのに」と言った。
「地べたが好きなんで。……って、イクラ?」
 テーブルに置かれたお茶漬けが豪勢でびっくりした。ご飯の上に、たっぷりのイクラがきざみのりとわさびと共に乗っていた。
「イクラだけ大量にもらって困っていたんだ。シマが来てくれて調度良かった」
 真田さんは言いながら、お茶をかける。しかし、その色は、どう見ても。
「麦茶?」
「ほうじ茶」
 そして時間差でほうじ茶の豊かな香りが漂ってきた。
「へぇー。新感覚」
 両方にお茶が注がれるのを待って、手を合わせた。
「いただきます」
「いただきます」
 そして会話の無いままもくもくと食べ続け、あっという間に平らげた。
「あー、美味かった」
 と言えば、真田さんはただ優しく微笑んだ。
「ご馳走様でした。食器、洗います」
「ああ、気にしなくて良い」
「これくらいやらせてください」
 言って食器を持ってキッチンに行くと、真田さんもやってきた。無視して洗い始めると、真田さんはふきんを手に隣に立った。手元を凝視されるのは、なんとも緊張する。
 さっさと洗って、とっとと帰ろう。そう決めて、手早く済ませる。
 真田さんが食器を片付け終えるのを見届けて、俺は口を開いた。
「お世話になりました。帰ります」
 そして荷物を取りにいこうとしたら、呼び止められた。
「シマ、話がある」
 俺はとっとと帰りたい。でも、昨夜、今日予定がないことも伝えてしまっている。どうしたものか。
「えっと……。それは、今じゃないと駄目なんですかね?」
「できるだけ早い方がいい」
「あー……、明日、基地で、では、遅いですかね?」
「遅くはないと思うが……、基地じゃないと駄目か?」
「まあ、そうですね。俺は基地がいいです」
「……他の人には聞かれない方が良いんだが」
 どうも、歯切れが悪い。何なんだ、一体。でも俺は、もう、振り回されるのはまっぴらごめんだ。
「はっきりしませんね」
「……」
「とりあえず今日は俺、この後別に予定はないけど帰りたいんですが」
 言うと、真田さんは少し困った顔になったが、判断は相変わらず早かった。
「では、要点だけ言う。その後どうするかは、嶋本が決めていい」
「わかりました。どうぞ」
 しかし、真田さんはなかなか口を開かない。
「真田さん?」
「……」
「……帰っていいですかね」
 呆れたようにそう言えば、「待った」と言われた。
 真田さんは思いつめた表情で。胸に手を当て、小さく深呼吸をしたように見えた。そして一言。
「すきだ」
 真田さんはそう言った。
「は?」
「……シマ、好きだ」
「なに、それ」
 嬉しいはずの言葉は、一つの確信を導いた。

 真田さんを好きでいることは、しんどい。

 振り回されないと決めた矢先にこれだ。きっとこれからも、タイミングが合わずにすれ違う。
「すみません。俺、もう、真田さん好きでいるの、嫌や。しんどい」
 言うなり俺は真田さんに背を向けて、荷物を取りにいく。
「シマ、」
「話はおしまい。なかったことにしましょう」


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