一緒に 23
背中越しに、真田さんの慌てた空気が伝わってくる。本当はそれだけで嬉しい。だけどこれまで、そうやってほだされて何度も期待しては、何度も期待を裏切られた。
荷物を手に取り、真田さんに向き直る。
「バディはきちんとこなしますんで」
じゃぁ、と言って横を行こうとしたが、荷物を掴まれ制された。
「嫌いになったか」
弱々しい声で、だけどしっかりとした口調で聞かれた。
嫌いになったと言えば話は簡単に終わるだろうが、真田さんに嘘はつけない。俺は首を横に振った。
「じゃあ、どうして……」
俺は少し考えた。振り回されたくないなどと抽象的なことを言ったところで、きっと納得してもらえない。
「……真田さんは、真面目で、優しい。それなのに、人の気持ちを考えへん。他意がなくて……、性質が悪い」
「……」
「俺は何度も期待して、何度も期待を裏切られた。真田さん、俺の気持ちをわかっても、こたえてくれる事は一度もなかった。……真面目で、優しくて、他意がなくて、人の気持ちを考えへんのは、真田さんの性格やから。真田さんが俺を好きになってくれたところで、これからもそれは変わらん。俺はこれから先もずっと振り回されてしんどい思いをする。そんなん、嫌や……」
「シマ……」
真田さんの荷物を持つ手に力が入る。
こんなに拒否してるのに、開放してくれない。
「俺はもう後悔したくない」真田さんが強い瞳で言った。
「俺はもう振り回されんのたくさんや」俺は目をそらさずに言った。
そのまましばらく、睨み合いのような状態になったが、真田さんが口を開いた。
「シマ、お前精神科の世話になっただろう」
「は? なんで……」
なんで知っているのか。なんで今その話をするのか。どこまで知られているのか。
俺は、頭の中が一瞬でぐちゃぐちゃになった。
「お前のことで、俺も先生と話をした」
「今、その話、関係無い」
「ある」
「何? 同情!?」
「違う。話を聞いてくれ」
「違うなら何!? 確かに記憶は混乱してるけど、それだけや! あの時も、俺はちゃんと任務遂行したんやろ! 俺は、これからも真田さんのバディできる!! 俺のことは、大丈夫やから……!!」
感情的になって、どうも隙だらけだったらしい。不意に引き寄せられる力に抗えず、俺はあっけなく真田さんの胸の中に仕舞い込まれた。
「シマは、いつだって俺の未来を想ってくれる」
真田さんの声が、耳元で聞こえる。
「それなのに俺は、未来を恐れてばかりだった」
「……、ちょ、放してください」
「嫌だ」
また、振り回される――
我に返って抵抗するも、抵抗すればするほど、強く抱きしめられる。
「未来を恐れて今をおろそかにするな」
「はっ。どの口が、言いますか」
伊藤さんのことがあってから、未来を恐れて殻に閉じこもっていたのはどいつだ。
「うん……。俺は余程余裕が無かったらしい。有のことも……シマのことも」
「はいはい、そうでしょうね。ほら、いい加減、放してください」
「嫌だ」
「逃げませんから」
「嫌だ」
「ちょ、」
「先生に言われた。シマはどんな時だって、俺の未来を想っていると。俺が今をおろそかにしている分、シマが頑張ってくれていると。……シマはずっと俺のために一緒に頑張ってくれていたのに。あんな事が起きないと、人から教えられないと、わからないなんて」
「……」
「本当は、ずっと、嶋本のことが好きだった。でも、いつか嫌われる事を考えたら……。俺には、何もできなかった」
「……ずっとて、いつから……」
脱力してそう聞いたら、真田さんの抱きしめる腕も緩くなった。
それでも真田さんは、俺の肩に顔を埋めたまま。少しして、ゆっくりと口を開いた。
「……多分、海の中で、抱きしめてくれた時から。……自覚したのは、トルコ」
「何それ。俺、めっちゃばっちりのタイミングで告白してますやん」
バディであることを頑なに認めてくれなかった真田さんは、トルコから帰ってくるなり、きちんとバディになりたい、と言ってきた。
そうか。ならば、合点がいく。
下心のある状態で『きちんと』バディになんてなれないと思った俺は、嫌いになったときバディとして傍においてくれと言った。そんな俺に真田さんは、嫌いになりたいなんて考えるな、嫌われようとなんてするな、それしか言わなかった。そして触れてきた。触るなと言っても触れてきた。
「なんで、その時に、気持ち聞かせてくれんかったんですか」
「……だって。好きなままではバディになれないなんて言うから……。嫌われるのも、バディになれないのも嫌だったから、困った。……何も言えなかった」
「どんだけ臆病なんですか」
「うん……」
言って、真田さんは再び強く抱きしめてきた。
たかだか俺なんかのために。両想いとわかったにも関わらず。何も言えないなんて。
愛しさばかりが込みあがってくる。
真田さんの背中に腕を回すと、更に強く抱きしめてきた。心まで締め付けられる。
「言うて下さいよ。何も言うてくれへんから俺、拒絶されたもんやと思って、ずっと、」
苦しい思いをしてきたんですよ。と言おうとして、気付いた。
それは、真田さんも同じじゃないか。たった今聞いた。「嫌われるのもバディになれないのも嫌だったから困った」
困らせて、苦しめた。その上、自分ばかりがしんどい想いをしていると思い込んで、何度もしんどいと訴えた。
しんどい思いをさせてきたのは俺の方だ。俺こそが真田さんを振り回していた。
それなのに真田さんは、辛抱強く俺の事を考えて、ずっと好きでいてくれた。
なんてことだろう。人の気持ちを考えないのは、俺の方だ。
「……ごめんなさい」
この言葉に、真田さんは顔を上げた。俺の顔を覗き込んでくる。
俺は、その目を見られなかった。
「シマ……?」
「人の気持ち考えへんなんて、酷いこと言うた。気持ち考えてへんかったんは、振り回してたんは俺ん方や。ごめ、んっ」
ふいに唇で唇を塞がれた。
噛み付くようなキスは、すぐに優しいものへと変わって、そしてすぐに終わった。
真田さんは、慈しむような笑顔で言った。
「好きだよ、しま」
そして啄ばむ様に口付けられて、聞かれた。
「恋人に、なってくれますか」
まっすぐな言葉が、想いが、ひどく照れくさくて。俺はひとつ頷くとそのまま俯いた。
「しま」
真田さんの呼ぶ声がひどく優しい。
「しま」
顔を上げられずにいると、真田さんは抱きしめる腕を解いて、その場に片膝を付いた。嫌でも顔を覗き込まれる。真田さんは俺の左手を取って、もう一度呼んできた。
「しま」
返事をするまでこのこっ恥ずかしい状況から抜け出せないと思い至った俺は、声を絞り出した。
「……はい」
真田さんはそれだけで嬉しそうに微笑んだ。
「しま。恋人に、なってくれますか」
「……はい」
「バディに、なってくれますか」
「……はい」
「これから先、一緒にがんばる事を、許してもらえますか」
「……俺は……。真田さんが嫌や言うても、一緒にがんばります。前も、そう言いました」
憮然と答えると、真田さんは一つ手の甲にキスを落とした。
恥ずかしさと驚きで手を引っ込めると、真田さんは立ち上がって再び抱きしめてきた。
抱き返すと、深いため息が一つ出た。
ひどい遠回りをした。
俺は真田さんの背中をバシバシと叩くと腕の中から出て行った。
「帰ります」
言うと、真田さんは不思議そうな顔になった。
「どうして」
「え、掃除とか、洗濯とか、やることたまってるし」
「それは今日じゃないと駄目なのか」
「まあ、溜めたら後々面倒なんで」
「俺は、すぐにでもやりたいことがある」
「はあ……」
「もっと一緒に居たい」
「それは……、これからいくらでもできるじゃないですか」
「触りたい。触ってほしい」
「な、」
一歩後ずさると、手首を捕まれた。
「駄目か」
熱のこもる目に捉えられる。
「いや、ほら……。そう、準備。準備、いりますやん」
「ある」
「は?」
「必要なものは、そろえてある」
「は? ああ。いやいや、心の準備、とか、いろいろ。できてへんし」
「してくれ」
「いやいやいや」
「両想いなのに。おあずけはもうたくさんだ」
そして真田さんは再び噛み付くようなキスをしてきた。
