一緒に 5
日も暮れ辺りが薄暗くなった頃、もう一度出動がかかった。
黒岩隊長は、驚きの指示を出した。
「真田、嶋本。留守番だ」
今まで、真田が現場に行かなかったことなんて無い。少なくとも、今年度、俺は真田が基地に残る姿を見たことがない。
そんな真田だからこそ、技術も知識も経験も誰よりもあって、誰よりも役に立つのではないか。それを、留守番だなんて。
当の本人は、眉一つ動かさずに「はい」とだけ返事をした。
「流石の俺も、今のお前らを現場には出せん」
黒岩隊長のその言葉にも、真田はやはり「はい」とだけ言った。その表情からは、何も読み取れない。
わかっとんのか?
また出動がかかっても、今のままやったら留守番するしかないねんぞ?
出動組を見送って、とり急ぎしなければならないことを終えると、俺は真田に話し掛けた。
「真田さん、少しだけ時間よろしいでしょうか」
その言葉に、真田はすぐさま顔をこちらへ向けた。
「何だ」
言いつつ、左手はしっかりキーボードのCTRLとSを押す。
上書き保存。
「話をしたいことがあります。恐れ入りますが、本日中に時間を作っていただけませんでしょうか」
堅苦しい物言いをすることで、話をしたいことが、業務に関する重要なことであると匂わせた。しかしそれを聞いた真田は
「差し支えなければ」
と、それだけを口にした。
「……は?」
「恐れ入りますが、は、遜った丁寧な言い方ではあるが、強制する言い方だ」
だから、“差し支えなければ”を使えと、こいつは言いたいらしい。
拒否権が無いことがそんなに気にくわんか。
ふざけんな。
お前はどんだけ俺と話をしたくないねん。
俺はムキになった。
「一秒でも早くとは言いません。しかし、一日でも早く、真田さんと、話をしたい内容です。恐れ入りますが、本日中に、時間を作っていただけませんでしょうか」
これじゃあ、ただのわがままやん。
言ってる途中から自分で凹んだ。しかし、
「わかった。目処が立ったら声をかけよう」
そう言う真田の眉根が、いつもよりわずかに寄っていたので、よしとする。
それなりに、俺の言葉は届いているということだ。
「ありがとうございます」
一礼して、自分のデスクに戻る。
話は、いつになるだろうか。本当は今話したい。出動組が戻って来る前に。他に誰もいない今のうちに。だって、人がいると話しにくい。場所を変えたところで、周辺に人が居れば、話しにくいことに変わりない。
だけど今なら、何も気にせずに話せる。
まあ、出動組が戻って来る前に話すんは無理やろなぁ。
だって、あの真田が、その場で時間を明示しなかったのだ。その上、目処が立ったら声をかけるなんて。酷く慎重な言い方だ。
話は、最悪、就業後になるかもしれない。
そんな風に考えて、パソコンと向き合っていると、横目に真田が立ち上がるのが見えた。
まさか、もう目処が立ったのだろうか。まさか、まだ30分も経っていない。それに、真田は別に、報告のためだけに俺の所まで足を運ばなくても良いのだ。
上司なんだから、少し横着して、自分のデスクから話し掛けたって構わない。
だから、別件で立ち上がったのだと思った。
ところが、俺の所で足が止まり、
「嶋本」
神妙な声で呼ばれた。
「はい」
「話、今からでもいいか」
「はい」
俺の返事を聞くなり、真田は隣のデスクの椅子に腰掛けた。
「早かったですね」
「いや、仕事がはかどらないから」
気分転換か。まあ、先伸ばしになるよりは良い。
そんなことを考えつつ、冗談を飛ばす。
「気になって手がつきませんでしたか」
ニヤリとしてみせたが、真田は神妙な面ちを崩さなかった。
「ああ」
「え、マジですか」
「ああ」
真田が何かに気を取られて集中できないなんて、学生時代から一度も見たことが無い。
むしろ、そんなん、有り得へん奴や思とったわ。
それが、自分ごときの話で惑わすことができるとは。
「ぷっ、ほんまに?」
「何か面白いか」
愉快になって、一人げらげら笑っていると、真田の表情がどんどん情けないものへと変わっていって、余計笑えた。
「だって、俺が真田さんと話したいこと言うたら、一個しかないですやん」
真田程の人物が、それが気になって仕事に手がつかなかったなんて、笑うかツッコミを入れるか、どちらかしかないに決まってる。
「……バディのことか」
言った真田の情けない顔が、引き締まった。
俺はゆっくり大きく深呼吸をして、笑いを止めた。
そして、
「バディのことです」
くそ真面目な顔で答えた。
ああ、でも、話が終わるまでずっとこれは疲れる。
俺は早々に力を抜いた。
