一緒に 6

 

「昼間、これからって時に、黒岩隊長が止めに入ったやないですか。その続きをね」
「胸倉を掴むか」
「あはは。それはええです。真田さんが胸倉掴まれたいんやったら、喜んでやりますけど」
「遠慮しよう」
「そりゃ残念」
 大げさに肩をすぼめてみせると、真田がかすかに笑った。
 和んだ空気を壊すのはなんだかいたたまれなくて。和んだ空気を壊さねばならないのがなんだか残念で。慌てて気を引き締めた。
 俺はこいつにムカついてんねんて! ほだされんな、俺!
「やっぱり俺には、『恐怖していればいい』の意味がわかりません」
「黒岩隊長もよくわからんと言っていたな。今回現場に行かせてもらえなかったのは、これが原因だろう」
「はい」
「……そのままの意味なんだがな」
 どう説明したものか。そんな様子で、真田は視線を外へと移した。
 いつまで経っても真田から次の言葉が出ないので、俺は感じたままを口にした。
「そのままやと、俺には嫌味にしか聞こえんのですよね」
「嫌味?」
 わけわがからない。真田は本当にそんな様子で。

 ああ、ほんまに他意無いねや。
 
 たったの一言で、俺はなんだか納得して、怒りがなくなった。同時に、真田は言葉の裏を読もうとなんてしない人だという事も確信した。多分、何を言われても、理解できないことは今みたいに無垢な目で聞き返す。
 裏の無い人に怒りを覚えたって、喧嘩を売ったって、相手にしてもらえない。わけを分かってもらえないのに、自分一人が感情的になったところで、相手はもっとわけがわからなくなるだけだ。
「俺には、帰りの機内での真田さんの言葉は、『指示以上のことはせんで良い。お前にそれ以上のことはできひん。余計なことはするな』って聞こえたんですよね」
 肩の力が抜けた。この感じは、諦めに似てる。
「そんなことは一言も言ってない」
 ほら、そんな目をする。
 わかってしまえばこっちのもんだ。
 いっそ穏やかな程に感情は静まり返った。
「はい。でも、そうやないなら尚更、わけがわかりません」
「……そのままの意味なんだがな」
 真田はあごに手をやった。
 困った、どう説明しよう。
 言葉なんてなくても、真田がそう思っていることは手に取るようにわかった。
「指示を正しく遂行できてると言うことは、意図を正しく理解できてるということ。だからこれ以上の説明はいらん。ここまではわかります」
「ああ」
「指示をこなしたら、後は恐怖しとけば良い。ここがわかりません」
 この言葉に、真田は腕を組んで考える姿勢になった。「ふむ」と息をつく。
 言葉が出ないまま、1分経ち、5分が経った。そろそろ10分経つという頃、真田の表情に変化があった。
 わずかに眉根が寄り、眉間に微かな皺が刻まれた。
 そして、ようやく発せられた真田の言葉は、信じられないものだった。
「話したくない」
「……は?」
「すまない」
 その声は、あまりにも弱々しく。
「……すまない」
 目も合わせずに。真田は、逃げるように自分のデスクへ戻った。
 よくわからない不安と、嫌な予感が全身に纏わりついた。
「真田さん」
 呼んでも、真田は返事すらしてくれない。
「真田さん、俺たち、バディですよね?」
「……」

 わけわからん。
 なんで俺が泣きそうにならなあかんねん。

 その日真田はこちらを見る事すらなかった。現場から戻ってきた黒岩隊長は、この様子にこっそりため息をついた。

 それから真田は、
 ──いや、俺たちは。
 最低限のコミュニケーションしか取らなくなった。少なくとも俺は、真田との話し方がわからなくなっていた。
 冗談を言って。冗談を言われて。なんや、思いがけず打ち解けられたと思った矢先に「話したくない」と言われた。心を閉ざされた。
 ほんの少しだけど、楽しく話せたのに。それが、嬉しくもあったのに。
 今、バディを組んで以来、最も会話が無い。

 ……。
「話したくない」って何やねん!
ほんで口きいてくれんくなるて、どんだけわがままやねん!
 話したくないとか言われたら、めっちゃ気になるやんか! そんなんやったら、わかれへんで通してくれた方が良かったわ!
 なんでいきなり「話したくない」なん! それなら最初っから相手してくれるな!!
 
 ドン!

 勢いのままにファイルとまとめたら、思いがけず大きな音がなった。
 皆がこちらを向いた。真田と目が合ったが、すぐに逸らされた。
「失礼しました」
誰にでもなく言って、そっとファイルを片付けた。パソコンを起動する。

 ──真田は、考え込んだ挙句に「話したくない」言うたやろ。その直前、眉間に皺が寄ったところを見ると……。
 もしかしたら、その瞬間までは、話すことに何の問題も無かったんかもしれん。
 俺はあん時、『そのままの意味』を掘り下げて聞いた。真田は、『そのままの意味』を噛み砕いて説明すべく考え込んだ。
 ……考えて、問題が生じた。そこで出た言葉は、話したくない。
「話せない」じゃなくて、「話したくない」
 触れられたくない部分に、触れてしまった、とか……?

 チャラリラン

 パソコンが起動した。

 

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