一緒に 7

 

 ワードを開く。
 まずはページ設定。用紙サイズ、A4。
 大学校を卒業しても、しばらくは、用紙サイズと言えばB版だった。その頃に購入されたのであろうこのパソコンは、用紙サイズはB5がデフォルトだ。
 特救隊に正式に配属されて間もない数ヶ月前。書類が微妙に左上に偏って印刷されて出てくるのを、真田が心なしか楽しそうな表情で見ていたのを思い出す。


「もはや名物だな」
 そう言って印刷物を手渡された。
「……あっれー?」
 印刷物とにらめっこしながら席に戻れば、真田はやはり後ろから楽しそうにディスプレイを覗き込んでいた。
 印刷プレビューを確認する。そこには、印刷物とまったく同じ配置の文書が表示された。
「んん?」
 次は、印刷からプロパティを確認する。用紙サイズはA4、印刷方向は縦。合っている。
「んんん??」
 もう一度印刷してみるも、結果は同じだった。
「印刷プレビューは嘘をつかない」
 そのあまりに楽しそうな声にやたらとイラついた俺は、
「……」
 返事をしなかった。
 困った時は、ひとまずメニューバーを一通り確認するに限る。
 ファイル。
「あ、」
 早くも、怪しいものを発見した。
 ページ設定。横書き、縦、B5。

 ……B5? A版の時代にデフォルトB5??
 どんだけ古いパソコンやねん。
 
 内心突っ込みをいれつつA4に設定すると、
「もう気付いたか」
 と、さぞつまらなそうな声が降ってきた。
 思い通りに動かないパソコンに、それだけで十分苛つかされているのに、このオーディエンスにどれだけ苛つきを付加されたことか。
 しかし、
「試し刷りに裏紙を使ったからな。お咎め無しだ」
 その一言で、一瞬で苛つきはなくなった。
 お咎め無しと妥協されているにも関わらず、なんだか褒められたようで嬉しかった。
 とにかくその一件からは、書類作成時は何を置いてもまずページ設定を確認するようになった。


 今思えば、黒岩隊長の言う通り、俺はその時ほんまに真田の世界におったんかもしれん。
 堅物くそ真面目が、ニヤニヤしながら人のミスを最後まで見守ったのだ。そんなこと、親しくない相手になんて、できない。
 今は、どうだろうか。
 世界に入り込みすぎた結果が、この状態だ。
 真田の世界に、まだ俺は居るだろうか。
 真田は、俺をまた受け入れてくれるだろうか。
「はぁ……」
 ため息が出た。
 その事実にまたため息が出そうになったから、左手で頭を抱える事でやり過ごした。右手はマウスをどこへともなく動かす。
 
 現場で更なる説明をしてもらうことに必死になって、すっかり忘れていた。
 俺が特救隊に来て、まずやろうと思っていたこと。
 それは、真田を内に閉じ込めてしまうことなんかじゃない。

「嶋本、具合でも悪いのか」
 声をかけてもらえたのは、まだ真田の世界にいるからか、それとも上司としてか。
「……具合は大丈夫です。ただ、少しだけいいですか」
「急ぎか」
 急ぎと言えば、きっと真田は警戒する。「いいえ」
「では、休憩時間でいいか」
「はい」

 俺が特救隊に来てまずやろうと思っていたこと。それは、

 一緒に頑張ること。

 目を開かせるためにも。まずはそこからだ。




 休憩時間。
 屋上に上がると、そこに広がっているのは曇り空だった。春先とは言え寒い。慌てて上着のスライダーを一番上まで上げる。
「話と言うのは」
 さっさと終わらせたいのか、以前の話の続きを恐れているのか。真田が先に口を開いた。
「恐怖しとればいいの意味は、聞きません。……知りたいのに変わりはないんで、話しても良いと思ったら、その時聞かせてください」
 その言葉で、わずかに真田の肩の力が抜けたのが分かった。
 俺相手に、何を緊張してんのか。
 緊張されてる間は、受け入れてもらえるもんも受け入れてもらわれへん。
「とは言え。現場で俺一人おろおろしてんのはね、なんと言うか、不甲斐無いですわ」
「不甲斐無い……」
 真田は目を見開いた。
「俺は、誰よりも真田さんの意図を理解して指示を遂行できてるんですよね?」
「ああ」
「なら尚更、役に立ちたい。……力になりたいです」
「嶋本……」
「一緒に頑張りたい。せっかくバディやのに、真田さんは、一人で頑張ってはる」
「……」
「俺は、二人で一緒に頑張りたいんです」
「……」
 真田は返事をしてくれない。
 駄目元で、あの質問をもう一度してみる。
「真田さん、俺たち、バディですよね」
「……」
 やはり返事はない。
「……まあ、ええです。真田さんが俺をバディと思ってくれへんでも、それでも俺たちは組まされますからね。俺は、一人で頑張る真田さんの為に、頑張ります。そうやって俺は、真田さんと一緒に頑張ります」
 言ってる内に、なんだか目頭が熱くなってきた。
 そして、気付いてしまった。
 これまで、一緒に頑張るのは、目を開かせる為だと、自分の目標たる姿に戻ってもらう為だと思っていた。
 だけど、違う。
 今は、純粋に。
 この人と、一緒に頑張りたい。
 この人の力になりたい。この人の役に立ちたい。
 この人の世界にいたい。
 だって、知ってしまった。この人の世界にいることが、どんなに心地良いか。
 また冗談を言い合って、二人で笑いたい。
 また、あんな風に、穏やかな時間を共有したい。

 本人にその気がなくても。一緒に頑張る存在が、どんな変化をもたらす事ができるか。俺はそれを知っとる。

「真田さんが嫌や言うても、俺は一緒に頑張ります」
 相変わらず真田の返事は無い。
 分かりきっていた反応に、それでも目頭は更に熱くなる

 あー、ありえへん。
 俺、こんな奴んこと、めっちゃ好きなんやんか。

「話は、以上です」
 言えば、真田は一つ頷いてその場を後にした。

 その背中に、手が届く気がしない。
 その背中が、こちらに振り返ってくれる気がしない。
 ついにジワリと涙が浮かんできた。
 泣いてたまるか。
 慌てて上を向けば、天は何のつもりか、雲の切れ間から光を差し込んでいた。

 

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